番外編「」 高校3年生 5月28日-夜- そして、 ◆◇ 「ふんふんふーん」 西山は秋田と別れ、真っ暗になった校内を歩いていた。鼻歌を歌いながら、とてもご機嫌に。 そしてご機嫌に歩いて向かった先は、生徒会室であった。生徒会室には灯りが点っており、中には人が居る事がわかる。そして、西山には中に居る人物も分かっていた。 「………失礼しまーす」 ガチャリと難なく開いた生徒会室の扉。そこには、顔を真っ赤にしてボロボロと涙を零す野伏間の姿があった。 「おーい!野伏間君、元気?」 「ご、れが……げっきに、見え、るかっ?」 そう、涙声と鼻声で上手く言葉を紡げないでいる野伏間に、西山は「ごめん、ごめん」と軽く笑った。野伏間が突っ伏している席は、会計である野伏間自身の席ではなく、一番奥の生徒会長席。つまり、西山の席であった。 西山は、その間もボロボロと涙を流し続ける野伏間に苦笑すると、その席へとゆっくりと歩を進めた。 「あぎだどの、はだしはどうなった?」 「どーもならないよ?どーもならんっていう話を二人でしてきただけー!」 「どーもらんって……どういう」 西山は野伏間のもとへ向かう途中、野伏間の椅子を掴みゴロゴロと引っ張って行った。そして、椅子を野伏間の席の隣に止めると、勢いよく座りこんだ。 「下手すりゃ退学で、良くて停学。ほんで、生徒会長続投不可は絶対」 「っ!!」 そう、何てことのないように言い放つ西山に、野伏間は怒り狂った野生動物のような浅い呼吸を繰り返すと、次の瞬間には西山の胸倉を掴み上げていた。 その顔は涙に濡れ、怒りに染められ真っ赤だった。 そう、きっとこの場にΩが居たならば強烈なまでのαのフェロモンに充てられ強制的にヒートになってしまう事だろう。 -----やっぱりオレ、βで良かったな。 αやΩのしがらみに縛られない。“普通”の人間。だからこそ、こうして今も野伏間の側に居る事ができる。平気な顔で、当たり前のように。 「ほら?落ち着いてよ。野伏間君!」 「馬鹿かよっ!?だから言ったよな!?お前が今度こそ生徒会から居なくなるような事があったら、俺はっ、俺はもう……生徒会を、まっ、もり……きれないって………!!」 「野伏間君。ねぇ?オレと離れ離れになるのはイヤ?」 「イヤだ!!!イヤだ!イヤだ!いやだぁっあああっうあああっん」 胸倉を掴んでいた手をストンと力なく落とすと、西山の前で大声で泣き散らかし始めた。 そうだ、いつもそうだった。 西山と離れると、野伏間は途端に幼子のようになる。迷子の子供のように、寄る辺なく泣き散らす。 西山は涙を流す野伏間の額に手を当ててみる。とても、熱い。 きっと、今熱を計らせたら凄い数字を叩きだす事だろう。 「おめがだんで、ほっどけばよがったんだっ。おめがなんで、まもるひつようないのにっどうじで、にじやまばっがりっうあああっ。ぜっぶ、あざだのせいだっ、おめがなんて、居なくなればっ!いいのにっ!」 「あわわ!そんな事言わないでよ!野伏間君!あれが野伏間君の運命の番だったらどうするのさ!」 「じるがよっ!うんめいのつがいなんて知るか!そんなのっ。っ、っ、っ、っ」 もう終いには呼吸すらまともにできなくなってしまったように、ヒックヒックと変な音を上げる人形のようになってしまった。 西山は、なんとなく、いやハッキリと心の中でホッとしながら野伏間を席に座らせると、寄り添って背中をさすってやった。 その間も、野伏間はヒックヒックと何も言えない壊れた人形のようだ。 「野伏間君、大丈夫、大丈夫」 「っ、っ、っ、っ」 「俺は野伏間君が望んでくれるなら、この手は絶対に離さない!と、ここに宣言するよ!」 「…………!」 西山の頼りないのに、どこか頼りがいのあるその言葉に、野伏間の荒ぶった呼吸が一瞬にして静けさを取り戻した。目は見開かれ、目に溜まっていた涙がポロリと溢れる。 「野伏間君には、メーワクな話かもしれないけどさ!俺はキミを連れて行くと決めた!」 「………どこ、にっ?」 「どこへでも!俺のいるところ、どこでもだよ!だから、野伏間君は俺の居ないところには、居ちゃいけないんだよ!わかった?」 「………いいの」 “いいの?” そう、震える声で尋ねてくる野伏間に、西山はへにょりと頼りなかった表情を一変させた。 その顔は、もう明日に無くなってしまうであろう“皆の生徒会長”の顔。自信満々で、野伏間がずっと背中を追ってきた人の顔であった。 「良いに決まってんだろ!」 「……ずっと?」 「お前が望む限り!」 「ほんとうにっ!?」 尚も言い募ってくる野伏間に、西山は大いに笑った。 「だって俺、お前が居なきゃ何もできねーつまんねー奴になっちまうしな!」 その瞬間、野伏間の涙はピタリと止まった。あの幼い頃のように、西山が隣にさえ居れば、野伏間はすぐに立ち上がる事ができる。どんな困難だって耐えられる。 「……それは確かに。言えてるよね」 「さっきまで泣いてた癖に急に元気になってんじゃねーよ!ったく」 野伏間の肩を抱きながら、西山はその体へ己の体を少しだけ預けた。野伏間は隣から感じる温もりと重みに、じょじょに落ち着きを取り戻していく。あんなに真っ赤だった顔も、今や落ち着き穏やかである。 「明日、多分俺は生徒会長を辞めなきゃなんなくなるからさ……お前も辞めろよな」 「そうだねぇ。もう大きなイベントもないから、大丈夫かな」 二人は、二人きりの生徒会室で手を繋いだ。子供の頃していたように。しっかりと、はぐれないように手を繋ぐ。 「もし、俺が休学になったら……お前も学校休めよ?」 「勉強で分からない所とかないしね」 西山は繋いだ手に力を込めながら、ポツポツと野伏間に話しかける。 話しかけながら、秋田の言葉を思い出していた。 ------もし野伏間に、運命の番が現れたら俺は、どうなる。 ずっと、考えないようにして事だった。“野伏間”がどうなるかを考えるのは、“自分自身”がどうなるのかを考えるのが怖かったからだ。 「もし、退学になったら……お前も覚悟はできてんのか?」 「あはっ。気持ち悪いかもだけどさ、俺の場合は一人で学園に残る方が、何千倍も覚悟がいる事だから……それに比べれば、西山について行くくらいさぁ」 -----覚悟なんていらないよ! 野伏間 太一はαだ。故に、世界の作った運命が、彼の前には大きく横たわっている。運命の番という、何人も抗う事の出来なかった運命が、世界のどこかに必ず在る。 己の意志の通用しない、恐ろしい世界に野伏間は、西山の居ない世界で一人で立っているのだ。 -------大丈夫だよ。野伏間君。キミを一人にはさせないよ。つまんない顔はさせたくないもん。 それに対し、西山はそうではない。βには世界から用意された運命などない。 あるのは、己の意志だけだ。 「ほんと、お前は俺の事大好きだな!」 「……自分でも思うよ。俺って何時からこんな気持ち悪い奴になったんだろーねぇ」 「そんなもん、俺と運命的なまでの出会いをしたあの日からだろ?」 「悪いけど、もういつ出会ったかの記憶なんてないからね?昔過ぎてさ」 「じゃあ、生まれてからずっとって事か!」 「……過言じゃないのが怖いとこだよ、もう!」 そうして、二人して笑い合った。繋いだ手を離すことなく。その時、確かに二人の“幸せ”はそこにあったのだ。 『きっとお前は、』 秋田の声が、西山の耳を木霊する。 『野伏間を、より苦しめる存在を……野伏間の世界から殺すんだろうよ。今回のようにな』 西山は心の中で宣言した。 野伏間が望む限り、共に道を歩み続けると。そして、同じ運命の中にあり続けようと。αという、世界の決めた運命の中に。野伏間を、一人になどさせない。 けれど。もし、 「(もし、お前に運命の番が現れたら)」 「西山、もう部屋に戻ろっか?」 西山は一人立ち上がろうとする、野伏間の手を掴んだ。 「なに?どうしたんだよ、西山」 「………いや、」 「どうしたのさ、具合でも悪いの?」 「ううん、なんでもないよ!」 西山はへにょりとした顔で、そう言うとパっと掴んでいた手を離した。そして立ち上がると、次の瞬間には野伏間を追い越し前に立っていた。 「俺の部屋でさ!明日からの作戦会議しない?」 「いーね!やろうか!」 そう言って駆け出す二人の姿は、昔となんら変わりない。 けれど、変わらないものなどないのだ。時間は全てを呑み、様々なものを運んでくる。強い意志など、ものともせず。 「(俺は、俺を殺してしまえるだろうか)」 これより数年後。 世界の決めた運命は、彼の、野伏間の前へと現れる。 【彼はこれからも偽り続ける事を宣言した】 [*前へ][次へ#] [戻る] |