番外編「」 高校3年生 5月28日-夕刻- ◆◆◆◆◆ 「言ったよな?俺はもう庇いきれんと」 「あ、あはは……」 「何であんな事をした?」 「誰でも良かった。ムシャクシャしてた」 「西山っ!」 どんっ。風紀委員の会室で西山と秋田は二人で向かい合っていた。他には誰も居ない。 体育祭は無事終了した。何事もなく、とは口が裂けても言えない結果ではあったが。 「いやぁ、あの野郎俺の大事なセカンドキスを奪いやがってさ」 「………西山」 「ちなみにファーストキスはモジャ男な。5徹後だったとは言え黒歴史だぜ、ありゃ」 「西山!冗談も大概にしろ!?」 「何だよ!?俺が悪かった!悪うございました!やり過ぎちまっただけだろ!」 「理由を言え。事と次第によっては丸く収められるかもしれんぞ」 そう、どこか必死に自分へ向かってくる秋田に、西山は去年の城嶋祭の事を思い出した。秋田は去年もこうして、西山が生徒会長で在り続けられるように必死になっていた。 なんとも苦労性な男である。西山に固執しなければ、きっと秋田の風紀委員長としての1年間は、つつがなく終わった事であろう。 「久我山が持っていた薬と何か関係があるんじゃないか」 「あぁ、あれな。久我山もヤバかったもんな」 西山は秋田から目を逸らすと、久我山に注射針を刺された首元を撫でた。痛かったなと、もう遠い過去の事のように振り返りながら。 「あれは非合法の即効性の興奮剤の一種だ。αのフェロモンの増強と性欲を一時的に高める為のもの。あまりにも効果が強い為、体への負担と大きいと流用が中止された」 「……………」 「お前は本来、正当防衛だった筈だ。あの薬は久我山が裏のルートから手に入れた事はハッキリとわかっている。きっとお前に薬を打つ気だったのだろう。それをお前に邪魔された」 -----打つ気だったどころか打たれたわ! そう、内心ツッコミながら、西山はふと思った。 そういえば、薬を打たれた事は誰にも言っていなかったな、と。 激しく発情していた久我山に加え、暴力行為の酷かった西山のせいで、そのあたりは問題の焦点に充てられなかった。 事態は未だ整理されず、混乱の渦中と言える。 状況から言えば、西山に打つ筈だった薬を、西山の正当防衛ともとれる反撃で久我山自身に打たれてしまった、という事で話は纏められているのだろう。あの衝動的な暴力行為の副産物としては、なかなか西山の都合良く出来ている。望んでいた通りの結果だ。 「ははっ」 西山のシャツ隠れた首元には未だ針の跡がある。 「お前は、あのΩを久我山から守る為に、あぁせざるを得なかったんじゃないか?」 「……………」 「何とか言ったらどうなんだ、西山」 目を逸らしたままの西山に、秋田は立ち上がり、西山の前に歩み寄る。あの暴力には正当な訳があったと信じて疑わない瞳が、そこにはあった。 「っはは!おまっ!どんだけお人好しだよ!」 「おい!西山!」 「俺に関する事が全て立派な理由があると思わせるのは、俺の人間性の成せる技なのかもしらんが!あー!もう!秋田壮介!笑うわー!!」 西山は目に涙を浮かべる程笑い出したかと思うと、目の前の秋田の腕をバンバンと叩いた。そんな西山に、秋田は苛立ったように眉を顰めた。 西山の状況は最悪だ。きっとこのままでは生徒会長は解職させられるだろうし、下手すれば停学、最悪退学だ。 ----それを、西山はわかっているのか! 「もう勝手に」 しろ!そう秋田が言い終わらないうちに西山は笑いの渦の中から突然浮上した。そして、先ほどまでの表情とはまた違った、締りのない顔で「にへへ」と笑うと、秋田に先ほどまで座っていた席を指差した。 「まぁ、秋田壮介。座りんしゃい」 「は?」 「なんだかんだと世話になったかんね、魔王様にだけは話しとこうと思ってさ」 「っ!やはり理由があったんだな!?」 西山の言葉に秋田の目がキラリと光る。あぁ、これできっと西山の立場を守れる“何か”が得られる筈だ。 その目はハッキリとそう言っていた。 「まぁ、まぁ座ってよ。秋田壮介」 「話せ」 「秋田壮介の期待してるようなのは一つもないと思うよ!だって俺が守ろうとしたのは、俺自身だし!」 「順を終え」 なんという俺様な促し。西山と呼ばれる、大人になりかけの少年の姿をした彼は心の中で笑った。 「秋田ってさ、α?」 「は?今更何を」 「秋田があの変な薬打たれたらどうなるの?」 「……それは、あの薬を打たれた事はないが……。俺も。あの久我山のようにはなってしまうだろう。こればかりは自制心でどうにかなる話ではないからな。……って、何の話だ」 秋田は怪訝そうな顔で西山を見る。一体お前は何を言いたいんだ、とでも言うのように。 そんな秋田に西山はシャツのボタンを上から2つ程開ける。 「………お、おい」 そして、丁度久我山に薬を打たれた部分。鎖骨にほぼ近い首元を指差し、秋田に詰め寄った。 「実はさ、俺、あの薬打たれたんだ」 「っ!」 秋田は急に晒された西山の首元にある、赤い点に目を見開いた。日に当たらないせだろう、その部分の肌はやけに白く赤い注射跡がよく栄えている。 「いやぁ、俺もウッカリしててね。最初にブスっとやられちゃった!」 「おま、えは……」 「さすが、α専用のエッチな薬だよなー!」 ----βの俺には全然効かなかったよ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |