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番外編「」
緑眼鏡の生い立ち

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本当なら、少女は彼女の中に流れる、有能で、有名な大財閥の父の血により、父親の経営する名門女子校に行く筈だった。
そこは、聞けば誰もが知るような大きな会社や財閥の家の、由緒正しい少女達の学び屋。

将来を約束された少女達は、各界を代表する男達に恥じぬ妻となるべく、情操教育の全てを施されるのだ。

そんな、花よ蝶よと育てられる名門女子校への道を、少女は自らの父親に泣き縋り断った。


少女は、ある大きな財閥の男の私生児として生まれた。
貧しかった母親が、今時、奉公と称して男の家の使用人をしている時に出来た、母親にとっては言わば過ちのような子供だったのだ。

まるで昼ドラのような設定で生まれた少女は、その後の人生も、まるで昼ドラのようにドロドロしていた。

本妻の居る男は、当たり前のように少女を自分の娘として認知しなかった。
しかし、一応、自分の血を引く少女を、世間的にも蔑ろにする事などできず、男は自分の別邸へと招き入れる事を、少女と母親への最大の譲歩とした。


使用人として、貧しさに明け暮れていた母親は、少女の背中にしがみついた。

もう、あんな貧しい生活はしたくないと、娘に相手の男の望むような優秀な子供になるように幼い頃から言い聞かせていた。
この子の傍に居れば、あの貧しさから逃れられる。

その一心で少女の母親は、まる汚ないモノでも見るかのように自分や娘を扱う本妻や、親戚達の傍で、息を殺して生活をした。
息を殺しながら母親は少女に、毎日泣きついた。


『お願いだから、お母さんを守ってちょうだい。お願いよ』


本来、守られるべき幼い子供である筈の少女は、生まれたその瞬間からその背中に母親を背負って生きて行かなければならなかった。
男を「お父さん」と呼ぶ事もできず、本妻の子供からは常に虫けらのような扱いを受け、背中に母親を背負っていた。

しかし、少女はそれを辛いなどと一瞬でも感じる事はなかった。
何故なら、少女にとってはそれが日常だったからだ。

母親を背中に背負い、同じ血を分けた異母兄弟達からは苛められる。

それが少女の日常。

故に、少女は生まれた時から一人で立って生きてきた。
人よりも遥かに激しく乱れた道を、母と言う弱い生き物を背負って歩いて来た。

母親の言うように、少女は優秀になろうと努力した。
本妻の子供にバカにされないように、必死に勉強した。

私生児だからと隅に追いやられる事を是としなかった。

毎日泣きついてくる母親を、少女は慰めた。
バカにしてくる本妻の子供を、実力で蹴落としてやった。

所詮、奴らは暖かい場所で、親に与えられた安全な柵の中で生きるお人形さんだ。
そんな事にも気づかいない滑稽なバカに自分が負ける筈ない。

そう、少女は今まで自分をバカにしてきたヤツを心から嘲笑ってやった。

男の家の中で、着実にその頭角を現してきた少女に、誰もが驚きの声を上げた。
認知されてもいない、使用人の子が、まさか。

周りのそんな反応に、少女はほくそ笑んだ。
二度と自分と母親をバカになどさせない。
させるものか。

そう少女が自分の中の力に確信と信頼を覚えた時だった。



15歳。
少女が中学を卒業すると言う時。

男が突然少女を娘として認知すると言いだした。
そして、突然少女を、ある財閥の息子と言う男と会わせた。

相手は4つ年上の青年で、少女の父親は突然将来はこの男と結婚するように少女へ言い放った。
青年はその場に居る誰よりも輝いていた。
自分の存在に絶対の自信を感じているその姿は、少女の父親をそのまま彷彿とさせて、少女は吐き気を感じた。

加えて父親は少女への婚約話と同時に、高校も自分の経営する女子校へ入れると言い出した。
優秀な才能を持つ少女を、男は我が子として公の場で公開しようと言うつもりらしかった。

その話しを聞いた瞬間、少女は衝撃を受けた。
自分が、どんなに頑張って頑張って足掻いた所で、自分も結局はこの男の用意した柵の中で動く人形に過ぎないと、悟ったのだ。


母親はもちろん、少女に父親の言う通りにするように言った。
男の娘としてきちんと認知されれば、女の中にある不安も少しは軽くなる。

そして、男の言うように相手方の青年と結婚すれば、今度こそ自分の不安は無くなる。
安心して暮らせるのだ、と母親は少女の背中にすがった。

そんな母親の姿に、少女は今まで感じていた母親への愛が一気に冷めるのを感じた。
自分を愛してくれる唯一の存在だと、少女は母親の事をとても大切に思っていた。しかし、そうではなかったのだ。

母親が一番愛しているのは、自分自身なのだ。
少女は母親の身を守る為に存在する、道具に過ぎないのだ。


そう、少女が悟った瞬間。
少女の中の糸がぷつんと切れた。

辛くない。
これが、自分の日常。
当たり前の毎日。

そう、必死に思ってきた自分の心の蓋が一気に壊れた気がした。


もう、全てがバカらしかった。
やっていられなかった。
辛かった。

母親は自分を愛してくれていない。
親戚達は、自分を汚ない存在だと言う。
父親からは優秀で体のいい駒のような扱い。


もう、逃げ出したいと思った。


少女は鬱々とする気持ちの中、それでも男の囲む柵の中から出る為に最後の抵抗をした。

このまま、この男の言う通りの柵の中へ入ってしまっては、自分の気持ちをどう立て直して良いのかわからなかった。
少女は少しでもいいから時間が欲しかった。
自由が欲しかった。


この男の娘である以上、少女はこの男の決定には逆らえない。
自分の中の力を確信した矢先に、少女は自分の非力さを目の当たりにした。

誰かの影に生きて行く事をいとわない母親とは違い、少女は誰かの作った柵の中で黙って生きて行く事が、たまらなく嫌だった。
それは、今まで少女が母親を背負い、一人で立ってここまで歩んできたという自負がそうさせたのだ。

だから、少女は後々、自分の正式な父親となる男に頼んだ。

高校までは、自由にさせてくれ、と。


それから、少女は限られた時間の自由を使い、日々を生きてきた。

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あきゅろす。
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