転生してみたものの
夢を見たものの
今まで喧嘩もいっぱいしてきたよな。
殴ったり、蹴ったり、お互い酷い事言いあったり、
けど、どんなに喧嘩しても次の日のはいつも通り普通に戻ってた。
だから、あの時だっていつかは仲直りできるだろうって密かに思ってたよ。
いや、思ってたって言うより。
そう、信じたかったんだろうな、俺は。
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第8話:夢を見たものの
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(----お前、ウゼェんだよ)
え……。
(----いつまでも幼馴染だからってくっついてきてんじゃねぇ!)
一郎、どうしたんだよ……。
(----お前と一緒に居るとこ、他の奴に見られたくねぇんだよ!)
っ!
(わかんねぇのか。恥ずかしいんだよ、お前)
……一郎。
なぁ、一郎。
お前は、俺と一緒に居るのを嫌だと思ってたのか?
恥ずかしいって、そう思ってたのか?
一郎。
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「けーたろ!!!持ってきた!」
俺はそう言って勢いよく教室に飛び込んできたイチローの声で、深く落ちかけていた意識を一瞬にして覚醒させた。
うぁ、ヤバい。
いつの間にか寝てたっぽいな、俺。
俺は未だにボーッとする頭に手を当て、教室に居る自分の状況がイマイチ理解できずに辺りを見渡した。
あれ、俺、何で教室で寝てたんだっけ?
「あれ!?けーたろ!どーしたんだよ!?」
「は……?」
イチローがこちらに駆け寄ってくるのをぼんやり眺めていた俺に、イチローは驚いたような顔で首をかしげた。
「けーたろ?何で泣いてるの?なんかあったのか?」
「……泣い……は?」
俺はイチローに言われるがまま顔に手をやると、そこには確かに俺の涙と思われる雫が頬を濡らしていた。
しかも、泣いていると自覚すると、止まっていた涙が急にまた流れ始めた。
一体、何だっていうんだよ。
俺がボロボロ流れる涙を勢いよく拭っていると、手に漢字ドリルと計算ドリルを持ったイチローが慌てたように目の前で焦り始めた。
あ、そう言えば俺はイチローが宿題を持ってくるのを待ってたんだったな。
「けーたろ?何で泣いてんだ?お腹痛いのか?怖い夢見たのか?大丈夫?」
「あ、いや……えと」
俺は少しだけ混乱してイチローの問いにコクコクと頷くと、泣いてしまった事に少しだけ恥ずかしさを感じた。
そう、基本的に俺はこの2回目の人生では1度目の人生を継承しているため、人前で泣く事など殆どなかった。
年数で数えると既に25歳という年齢を迎えるせいか、見た目が子供といえど、人前で泣く事は憚られてきたのだ。
故に、イチローは俺の余り見る事の無い……と言うか見た事のない俺の涙に酷く動揺している。
つか、俺、何で泣いてたんだっけ。
なんか、一郎が居たような。
夢?
俺は先程まで全身を強張らせていた声の正体を思い出して少しだけ、涙の訳に思い至った。
そう、イチローの言う通り、俺は
「怖い夢をみた……」
「怖い夢かー。どんな?」
涙も止まり、冷静な声で答える俺にイチローも大分落ち着いたような表情で俺の前の椅子に座りこんだ。
どんな夢……確かあれは一郎の夢、だったな。
「一郎が、俺に近寄ってくんなってキレてくる夢」
「えぇぇ!?俺!?俺そんな事言わないよー!!絶対言わない!」
「あー、あぁ。そうだよな」
いや、一郎ってお前の事じゃねぇし。
つっても、イチローにそんな事言ったって話がややこしくなるだけだからな。
俺は先程、脳内で反芻していた一郎のセリフを思い出し苦笑すると「そうだよな」と言ってもう一度ゴシゴシと目元を擦った。
「ほら、イチロー。宿題」
「あ、そうだった!」
そんな風に俺がいつもの調子で言ってやると、イチローもすぐに調子を取り戻したように笑顔になった。
単純な奴だなぁ、とイチローを見て思いつつ、俺の感情にここまで同調してくれるイチローに俺は先程の夢の余韻を忘れてほっこりしていた。
まぁ、多分そんな俺が一番単純な奴なのだろう。
「よし、これで全員分だ」
「ふー、間に合ってよかった!」
「だな。じゃ、丁度時間だし、俺はこれを先生のとこに出してくるけど……イチローはどうする?」
「俺は……んー、けーたろ待ってる!そんで今日はお昼をけーたろん家で食べます!」
「は?なんで俺ん家?」
「なんとなく!」
そう言ってニコニコと笑うイチローに、俺は袋ラーメンが2袋もあったかなぁと考えながら、とりあえず頷いておく事にした。
まぁ、足りなかったら店で買ってくればいいか。
「あぁ、まぁいいけど……ラーメンしか作れないぞ?それにお前、そう言うのちゃんとおばさんに言って来てんのか?勝手にうちで食べたら、また怒られるぞ」
「ダイジョーブ!!帰った時、けいたろんとこで食べるって言ってきた!」
あぁ、その辺はぬかりないわけね。
つか、コイツの中では最初から昼は俺ん家で食べる予定だったって事か。
昼くらい自分ん家で食べろよな、と思いつつ俺はイチローの言葉にはいはいと頷いておいた。
なんかさっきの夢のせいで、一人で昼ごはんを食べるのはなんだか気が進まないのだ。
丁度良かったと言えば丁度いい。
「ん、ならいーや。じゃあ、ちょっと待っててよ。すぐ渡してくるからさ」
「へーい!」
俺はそう言ってブンブン手を振って来るイチローに背を向けると、27人分の薄いドリルを両手に抱えて教室を出た。
時刻は13時。
学活が大分前に終わったせいか、どの教室にも人の気配はない。
本格的に鳴りだしそうな腹に、俺は少しだけ力を込めると足早に廊下を歩いた。
「………恥ずかしい、ねぇ」
知らず知らずのうちに口からこぼれていた言葉に俺は先程の夢を思い出すと、また緩んでくる涙腺に頭を振った。
あぁ、もう。
25歳にもなって夢くらいで泣くなんて。
いや、一応身体的にはまだ10歳だけど。
だいたい、一郎が現れてから、仕方ないとは言え、やたらと昔の事を思い出してしまって困りものだ。
良い思い出ならいいさ。
けど、どんなに頑張ったっていい思い出だけの人生など歩めるはずない。
嫌な思い出だってたくさんある。
ずっと一緒に居た一郎とは特にその傾向が強い。
良い思い出も共有してきたし、もちろん悪い思い出だって共有している。
あれは、一郎の夢だった。
一郎が、俺を拒絶する夢。
中学に入って、俺とあまりつるまなくなって、素行が悪くなって、学校にもあまり来なくなった一郎。
それでも、俺はあの瞬間までは一郎は俺の幼馴染で、俺達の関係は変わらないものだと思っていた。
しかし、それは大きな間違いだった。
どんな状況だったかは余り詳しく覚えていないが、久しぶりに会った一郎に俺はバッサリと関係を断ち切られたのだ。
そう、あの夢は俺が一郎に背を向けられた、あの日の夢だった。
「あー、もう止めだ、止めだ!考えてるとテンション下がる!」
とりあえず、奴と俺はあの瞬間一度、幼馴染という関係から他人へと一気に距離が遠のいたのだ。
きっと不良と化したアイツには、平凡で目立たない俺という存在が、きっと小さく、みっともなく見えていたに違いない。
だが、それももう過去の事だ。
俺はやっと辿り着いた職員室を前に、フゥと息をつくとそのまま床に宿題を下ろした。
さすがに両手が塞がった状態で扉を開ける芸当は、細っこい腕をした非力な小学生にはできそうにない。
さっさと一郎に宿題を渡して、昼飯でも食べるか。
俺がそう思って、職員室の扉に手をかけた時、
中からヒステリックな叫び声が俺の鼓膜を揺さぶった。
『野田先生!!』
野田先生……一郎?
職員室の中から突然響き渡ってきた大きな声に、俺は扉を開けようとして居た手をひっこめるとそのまま小さく溜息をついた。
あぁ、一郎のヤツ。
先生になっても怒られてやがる。
俺はうんざりした気分で、とりあえず黙ってドアの前で怒声が止むのを待った。
ジクジクと続く一郎への説教。
聞いてみれば、その内容は説教と言うよりお小言に近いようだった。
一郎め、また目を付けられてんな。
俺は黙って職員室の前に立つと、中から聞こえてくる長ったらしい小言を聞きながらそんな事を思った。
一郎は目立つ。
整った容姿もさることながら、その堂々とした立ち居振る舞いは子供のころから同級生には憧れの的であった。
しかし、それは同じ立場に立つ人間から見た感情であり、必ずしも万人受けする目立ち方ではなかったのだ。
特に、一郎の堂々とした姿は(まぁ、不遜とも言うかもしれないが)全く持って年上受けするモノではなかった。
故に、目を付けられる。
『野田先生、あなたちゃんと聞いてるんですか!?』
俺が一郎への説教が終わるのをぼんやりとしたまま待っていると、今までより一際大きな声がドア越しに響き渡ってきた。
「(あー、ヤバいかも)」
そう言えば、先程から説教者の声はずっと聞こえているが、一郎の声は一切聞こえてこない。
俺は全く聞こえてこない一郎の声に少しばかり背筋を冷やすと、説教中である事も忘れて職員室のドアに手をかけた。
一郎は不機嫌になったり、キレたりする直前、必ず静かになる。
それはもう嵐の前の静けさのように。
そう、今現在がまさにソレだ。
「(あー、もう面倒なヤツ!)」
俺は半ばヤケクソになりながらドアにかけた手へと力を込めた。
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