転生してみたものの 人間最後は一人と言ったものの 俺の歩まなかった道を、お前は一人で歩いてきたんだな。 そう思うと、少しだけ悔しいよ。 こんな小さな体で、俺はまた同じ道を歩んでるんだから。 ---------- 第4話:人間最後は一人と言ったものの ---------- 程なくしてHRが終わると、その日は始業式と言う事もあり、そのまま帰宅と言うスケジュールが一郎から言い渡された。 帰りの挨拶がなされた後、生徒達はやっと解放された一郎のHRに一斉にランドセルを背に教室を駆けだした。 まぁ、気持ちはわからなくもない。 あの、俺のした質問以降、一郎の不機嫌オーラは更に威力を増したのだから。 本当にクラスメイト達には申し訳ない事をした。 俺は、内心謝りながら今も教室にある教師専用の机の上を整理する一郎を尻目に、早いとこ教室を出ようとランドセルを背中にしょいこんだ。 本当ならば色々一郎と話したい事もあるのだが、悲しいかな俺はもう昔の俺ではない。 この体では、もう一郎と幼馴染という立場を築く事はできないのだ。 しかも、なんか久しぶりで一郎がめちゃくちゃ怖いので、一郎の事は忘れよう。 うん。 俺はもう第二の人生を10年も歩んできてしまったのだ。 俺は少しだけしんみりとしながら「早くこいよー!」と入口で俺を呼ぶイチローに向かって走り出そうとした。 その時だった。 『篠原敬太郎君。ちょっと話があるのでキミは残るように』 『え……?』 ギギギギ、 そんな音が聞こえてきそうな程、俺は恐る恐る後ろを振り向くと、そこには俺の知るよりも遥かに大きくなった一郎の姿が合った。 その目にはやはり小学生を見ているという優しさなど全くない。 『せんせー、けーたろとお話―?』 『はい、すぐ終わると思うので、瀬川君は先に下駄箱で待っていてあげてください』 『はーい!じゃ、終わったら早く来てね!けーたろ!』 『っあ、』 うおい。 何お前素直に走り去ってんだイチロー。 俺を見捨てる気か。 ……と言ったところでイチローには悪気も何もないのだから責めたって仕方ない。 アイツのいいところは真っ直ぐな所と素直なところだからな。 そんなしみじみ親みたいな心境でイチローの背中を見送っていると、後に残ったったのは嫌な沈黙だった。 俺はイチローもクラスメイトも居なくなった教室の中で、一郎と二人の気まずい空間に耐えた。 おいおい、用ってなんだ。 もうこっちは10年振りのお前に意外とビビってんだから、もう本当に勘弁してください。 とかなんとか俺が思っていると、一郎は俺の目の前まで一気に距離を縮めてきた。 『篠原敬太郎君』 『……は、はい』 おずおずと返事をする俺に、やはり容赦ない一郎の鋭い視線。 『………お前、何でさっき俺の出身高校なんか聞いてきやがった?』 『えーと……』 そこ、そんなに気にするところですか一郎さん! もう既に敬語なんてあったもんじゃない。 そこに居たのは、紛れも無く俺の知る中学時代の一郎そのものだった。 何が気に障ったかはわからないが、その手に拳を作る無意識の動作は止めて欲しい。 今のこの小さい俺の体は、お前にぶん殴られたらひとたまりもないんだからな。 『お前みたいなガキにまで、俺は学歴でバカにされる言われはねぇぞ』 『え、いや……えっと、別にそう言うわけじゃ……』 俺は思いもよらず頭の上から漏れてきた苦しそうな一郎の声に、自然と頭を上げていた。 その時見た一郎の表情は………なんだろうな。 あー、そうだ。 俺が昔一郎と公園で遊んで居た時、俺が遊具から落っこちて怪我した時の表情に似ている。 あの時は何故か一郎が『ごめん、ごめん』と言いながら俺以上に泣きわめいていて俺は泣くになけなかったんだ。 あの時の一郎の、痛みをこらえるような目に、よく似ている。 確かあれはまだ綺麗なランドセルをしょってたから、多分小学校低学年の時だろう。 一郎のこんな苦しげな声も、こんな表情も久しぶりで、なんか俺まで苦しくなってくる。 『どいつもこいつも……俺の事バカにしやがって。明義は確かに県内1のバカ学校だけどなぁ、それでも入んのには試験てやつがあったんだよ。お前みたいなガキにはまだわかんねぇだろーがな』 『……………』 うん、わかるよ。 俺もお前もバカで、あそこ位しか行ける公立、なかったもんな。 俺がそう思いながら一郎を見上げていると、一郎はそんな無言の俺が気に食わなかったのか、先程よりも強い口調でグチグチと言葉を続ける。 『つーか、そうだな。お前みたいなガキが高校なんか聞いてくる事自体おかしいよな。おい、どうせ親に言われたんだろ?新しく来る先生の学歴も聞いとけって。なんなら大学も教えてやろうか?どーせ、明義と違って他県だからレベルなんかわかりゃしねぇだろーけど』 『……先生』 その余りにも大人気ない言葉の数々に、俺はただ目を見開く事しかできなかった。 まさか、子供に……いや生徒にこんな事を言ってくるなんて。 一郎、お前、本当に教師か。 俺は本日何回目になるかわからない、その言葉を心の中で呟くと未だに握りしめたままの一郎の拳を見ながら小さく息を吐いた。 まぁ、何だ。 多分、この今の一郎の様子からすると、今までもずっと学歴だの何だのと周りに言われながら教師をやってきていたのだろう。 多分、それはもう、うんざりするぐらいに。 それ故の学歴過剰反応。 俺の知らない所で、一郎は俺の歩めなかった人生の先で苦しい想いをしながら生きてきたのかもしれない。 俺が黙ったまま一郎をただ静かに見上げていると、一郎は少しだけ理性の戻った気まずそうな表情で小さく吐き捨てた。 『……俺だって、勉強してきたんだっつーの』 そう言って不貞腐れたような表情を浮かべる一郎に、俺はなんだかやりきれない気持ちになった。 (明日答え配るらしいから一緒に答え合わせしよーぜ) そう言って、俺はそのまま一郎との約束を果たせず死んだけど、きっと一郎は俺が死んだあと一人で勉強していたんだろう。 めんどくせぇ そう言いながらも、俺の持って行ったプリントはいつもやっていたし、わかんないとこは一緒に調べたりもした。 一人で勉強する一郎。 一体、どんな顔で一人、机に向かってたんだろうな、お前は。 『……わかる』 『あ?』 グルグルと回る思考の中、俺は知らず知らずのうちに自分の口が勝手に動くのを止められなかった。 俺の言葉に怪訝そうな顔でこちらを見下ろす一郎をよそに、俺は現在、自分が小学生である事などすっかり忘れてしまっていた。 この時俺は、過去の、野田一郎の幼馴染に戻ってしまっていたのだ。 『わかる。頑張ったんだろうなって、凄くよくわかる』 『……バカにしてんのか?』 『違う。嬉しいんだ。俺は……うん。凄く嬉しい』 『………………』 『先生になるなんて、凄いと思う』 俺も一緒に行く筈だった明義にお前は一人で行って、そしてお前は大学なんて言う俺には未知の世界にも行ったんだ。 いや、違うな。 俺は、高校生にすらなってないわけだから、高校だって未知の世界だ。 そこへ、一郎は一人で行ったんだ。 俺は、また2回目の小学生をしているというのに。 俺は死んでから初めて、死んだ事に小さな悔しさを感じると小さな己の手を握りしめた。 『……お前』 俺の遥か頭上で、一郎の先程までとはまるで違った声が降り注ぐ。 その声に俺は少しだけ後悔した。 そうだ、俺は、今は小学生だった。 久しぶりの幼馴染との会話で忘れかけていたが、俺は今は一郎の生徒であって、もう幼馴染ではない。 再度訪れた気まずい沈黙に、俺がどうしたものかと思考を巡らせている時だった。 『けーたろ!まーだかー!!!』 『っ、』 今までの沈黙をいとも簡単に破り捨てたのは、先程俺を置いて無邪気に駆けて行ったイチローだった。 『……イチロー』 『っ!?』 俺が小さく呟いた瞬間、何故か今まで表情のなかった一郎の表情が一気に驚きに染められた。 それと同時に、教室の入り口からイチローが元気よく俺の居る場所まで駆け寄って来る。 『もー!おせーよ!けーたろ!早く帰ってけーたろん家で漢ドと計ドしなきゃ!』 『う、うん。わかってるって』 ってか、それはもともとお前の宿題だろうが、イチロー。 そんな俺のツッコミを余所に、イチローは何の邪心のない表情で俺の腕を引っ張った。 『ねー!せんせー!もー、お話おわったー?』 『……えぇ、終わりましたよ』 『じゃ、けーたろ、連れて帰るよ!』 『……好きにしなさい』 『はーい!けーたろ!帰ろう!』 『う、うん……』 俺は無理やり腕を引っ張って来るイチローを抑え、とりあえず背中にランドセルを背負った。 その隙に、チラリと一郎を見てみると、何故かずっと俺の事を見ている。 やっぱ、さっきのはまずかっただろうか。 バカにしたと思われたのかもしれない。 しかし、そうやって悩む暇を、俺の傍に立つイチローは全く与えてはくれなかった。 『じゃー、せんせー、さよーならー!また明日―!』 『ちょっ、引っ張るな!転ぶ転ぶ!』 『はやくー!』 言うや否や俺の腕はイチローによって引っ張られ、体は教室中の机に体をぶつけながら無理やり教室を後にした。 いつもの事だが周りをもっと見ろよ、イチロー! スゲー痛いんですけど俺。 俺はイチローの汚れかえったランドセルを憎々しげに見つめながら廊下を走ると、そのまま校舎を駆け抜けた。 そんな中、誰も居なくなった教室で、しばらくの間、一郎がずっと俺の走り去った後を見つめていた事など、俺は知る由もなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |