転生してみたものの
一郎
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エピローグ4:一郎
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「おーい!先生!」
「あ?」
俺はあの、イチローの家でトマトを届けた後、そのまま(つまりパジャマのまま)走って学校まで向かった。
何でも、宿直の当番が今日は一郎の番らしく、昨日から学校に泊るのだと言っていた。
だから俺は、イチローから貰ったプチトマトのお裾分けを持って、まだガッチリと閉まる校門をよじ登り、学校へと侵入した。
そして、そのまま中庭に面した職員室前の扉の前まで走ると、俺はピョンピョン撥ねながら一郎を呼んだ。
「先生―!先生―!!」
「敬太郎!?は!?何で此処に居んだよ!?」
すると、そこには寝ぐせを放置したまま、手にはハブラシを持った一郎の姿が驚いた表情で俺の顔を見ていた。
俺はそんな一郎になんだか楽しくなると、とりあえず土間から続く入口のドアを開けてくれるように鍵を指差した。
「先生、開けて、開けて」
「お、おう。ちょっと待ってろ」
一郎はすぐに扉の鍵を開けると、扉が開いた瞬間、俺は一郎に飛びついた。
なんだろう。
今日は、凄く人にくっつきたい気分だ。
「おいっ、どうした急に?」
「はい!先生!」
いきなり飛びついて来た俺に、一郎は驚きながら俺を見下ろしてくる。
そんな一郎に俺はくっついたまま片手でパジャマのポケットから袋に入ったプチトマトを一郎に向かって差し出した。
だが、一郎は少しだけ不機嫌そうな顔で俺を見るだけで、一向にトマトを受け取ってくれない。
あれ、トマト、食べれるようになったんじゃなかったのか?
俺が不思議に思い一郎を見上げていると、一郎は若干拗ねたような表情のまま俺に向かって言い放った。
「……一郎って呼べよ」
「っはは。そっか!」
何だ。そんな事か。
二人の時は先生じゃなく、一郎と呼べ。
それは、あの日、一郎と俺が交わした一つの約束だった。
「はい!一郎!」
「ありがとな?敬太郎」
一郎はそう言ってニッと笑うと、そのまま俺の脇を手で支え、両手で持ち上げた。そして、そのまま職員室へ俺を抱き上げたまま入る。
何故だか知らないが、俺が敬太郎だと分かった日以来、一郎はこうして俺を抱き上げる事が多くなった。
最初は子供扱いされているようで恥ずかしかったが、今は、もう慣れた。
それよりも、俺は抱き上げた時、それと同時に必ずやる一郎のある動作がもっと気になる。
それは……
「敬太郎―!」
「うぐっ」
一郎は俺を抱き上げると、それと同時にがっしりと抱きしめてくるのだ。
しかもそれが大の大人の全くセーブされていない力で抱きしめてくるから、たまらない。
毎回俺はこの一郎のハグで圧死するかと思う程、苦しい思いをするのだ。
「敬太郎、敬太郎、敬太郎!」
「わかった!わかったから!」
最初はそれこそ死ぬほど恥ずかしかった。
けど、まぁ。
これも今ではもう、慣れた。
なんとなく、これをしてくる一郎の気持ちが、俺にはわからなくもないからだ。
多分、一郎は怖いのだろう。
また、俺が居なくなるのでは、と。
そんな事を、一郎は考えて、日々怯えているのだと思う。
俺を抱きしめる手が、いつも少しだけ震えているのがいい証拠だ。
怖がらなくても居なくなりはしないのに。
そう言って笑ってやりたいが、俺には前科があるし、それこそ俺にだって保障できる事ではないからそうやすやすと言ってやれない。
その代わり、俺はこうして抱きしめてくる一郎に、俺からもしっかりと腕をまわして抱きしめ返してやる。
とりあえず今は安心しろ。
俺はここに居るから。
そんな想いをこめて。
「一郎。俺、お前の事大好きだ」
「何言ってんだ?俺も大好きに決まってんだろーが」
そうやって、互いに顔を見合わせて言い合う、今この瞬間が、どれだけ幸せで尊いものか、俺達二人は知っている。
人はどれだけ離れたくないと願っても、いつか別れる時がやってくる。
だが、別れるその瞬間まで、今度は後悔のないように大切にしていきたい。
今日もどこかで死ぬ人が居る。
涙を流し、悲しみに暮れる人が居る。
その中で……
誰かの為に、祈る人が居る。
「敬太郎、おはよう。今日もお母さん、頑張るわね?」
誰かの幸せを願い、
「ふふっ、あの子、パジャマのまま出て行っちゃったわ」
そして誰かの笑顔の為に生きる人が居る。
「これ!けーたろがくれたんだよ!トマト!」
その営みの中で、俺は今度こそ精一杯生きる。
「敬太郎」
「ん?」
「大好きだ!敬太郎!」
最後まで、キミと一緒に。
おわり
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