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転生してみたものの
教師になってみたものの
大人になったお前を、俺は知らない。

15歳のまま成長しない、俺の中のお前。

なぁ、敬太郎。

今の俺を見て、お前はどう思うかな。

あぁ、話したい事が山ほどあるんだ……。


なぁ、敬太郎。




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第17話:教師になってみたものの
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※一郎視点





6月上旬。


本日は、雨。
っつーより、豪雨。


そして、俺の機嫌も今の天候と同様………、


すこぶる悪い。



「野田先生!聞いてるんですか!?」

「……はい」


あぁぁぁ、ウゼェ。
マジでウゼェ!
俺は今日も今日とて、昼休み、職員室で教頭の野郎に説教と言う名のお小言を受けていた。
原因なんて最早あるのか無いのかわからない。

この男は、もう俺が教師という時点で文句があるのではないだろうか。

「野田先生、キミは教師としての自覚が足りなさ過ぎます!キミと生徒は友達じゃないんですよ!?その事を先生はわかっていらっしゃるんですか!?」

「……すみません」

俺は自分の中に湧きあがって来る真っ赤な怒りの衝動を必死に抑えつけながら、教頭の小言を聞き流す事に専念した。
俺はもともと以前居た学校から厄介払いされてこの学校に赴任してきた。
故に、その事も相成ってこの教頭の目には俺の取る全ての行動が気に食わなく見えるのだろう。

加えて、そんな俺が、なんつーんだろうな。
自分で言うのも何だが、保護者からの俺の評価は最近すこぶる良い。
しかも、生徒からの人気も上々と来たもんだ。

アイツ、敬太郎からもっと笑った方がいい、そうアドバイスを受け、自分の教師としての在り方を少しだけ変えてみたら、本当に全てが変わった。
今じゃ、他の教師ともけっこう上手くやっているし、生徒とももちろん良好な関係が築けているといえる。


しかし、


「野田先生!!」

「……はい」

この腐れハゲジジィだけは全く変わらない。
よくもまぁこう毎日毎日俺に説教してくるもんだぜ。
とりあえず、こいつは俺がどうなっても気に食わないらしい。

まぁ、昔から俺はこういう古だぬきみてぇな奴からは嫌われるみたいだから、いいけどな。
もう慣れた。

そう俺が、本格的に教頭の言葉を聞き流す体制に入った時だった。

「失礼しまーす!!」

「ちょっ、イチロー!待てって!」

俺の耳に、聞き慣れた二人の子供の声が響き渡った。

「せんせー!!せんせー!!けーたろが馬鹿だから算数わかんないってー!」

「だから、ちょっと音量落とせよ!うるさいだろ?」

いつもの元気な声と、いつもの落ち着いた声。
それはこの窓に叩きつけるほど酷い豪雨の中でも変わらないらしい。

俺は教頭の後ろからパタパタと走ってやってくる二人の生徒に目をやると、思わず笑みがこぼれるのを止められなかった。
今まで教頭に受けていた鬱陶しい説教が、今は嘘のようになくなっている。
良い仕事をしてくれたよ、子供達。
しかも、だ。

「あ!ハゲ教頭だ!」

「なっ!?」


しかも、教頭に向かって元気の良い方……イチローの放った一言は更に俺の気分を上昇させた。

ハゲ……!

子供だから言える純粋な一言。
そして正直な一言。

グッジョブ、イチロー!
ファインプレイだぜ!

イチローの言葉に、今まで俺の方に長々と説教を垂れこんでいた教頭の顔は真っ赤に染まり、後ろから来たイチローに向かって声にならない声を上げている。
こりゃあ相当頭にキてんな。

まぁ、俺に言わせれば本当の事言われて何怒ってんだって感じだが。

俺が密かに「ざまぁ見ろ」と笑いをこらえながら事の成り行きを見守っていると、校長に向かってハゲと叫びまくるイチローの隣に居た敬太郎がいきなりイチローの頭を叩いた。

「こら!人の事をハゲなんて言うな!イチロー、謝まれよ!教頭先生に」

「えぇぇ、だってハゲじゃん!ほんとの事じゃん!!」

「だーかーらぁ!」


「俺悪くないし!」と言う態度を全く崩さないイチローに敬太郎が眉を潜めると、チラリと教頭へと視線を移した。
その瞬間、敬太郎はビクリと表情を引き攣らせると、そのまま何故か敬太郎の方が教頭へ頭を下げ始めた。


「ご、ごめんなさい、教頭先生!」

「謝るのはキミじゃないでしょう!篠原君!」

「ご、ごめんなさい」

もうハゲと言われて状況判断が上手く出来なくなりつつあるクソ教頭は、全く関係のない敬太郎に対して怒りをぶつけ始めた。
確かに、こうして謝ってくる人間を怒る方が、笑って全然話を聞いていない人間を怒るより手ごたえがあるし、気分も落ち着くだろう。

教頭の気持はよくわかる。
イチローを叱る時の、あの暖簾に腕押し加減は半端じゃない。
体力を使う。

しかし、だ。

「教頭先生。すみませんが、その二人は俺に用事があるみたいなので、その辺にしてあげてくれませんか」

関係のない子供を締めあげるのはどうも大人のする事じゃない。
大人げないにも程がある。

「野田先生!もとはと言えばキミが……!」

そう言ってグルリと俺の方を振り返った教頭は、一気に俺の顔を見て短く悲鳴を上げた。
一体自分がどんな表情をしているのかは分からないが、現在、結構腹がたっているので、それ相応の表情をしているのは確かだろう。


「教頭先生、その話はまたあとで。……今は生徒の用事を優先させてよろしいでしょうか」

「っく」


俺は極力丁寧な、しかし棘のある言葉を教頭に吐くと教頭は悔しそうな表情を浮かべ、そそくさと俺に背を向けた。
その拍子に、後ろに居た敬太郎の体が教頭によって押されて、倒れそうになる。
傾く敬太郎の体。

「っあ」

俺は倒れそうになる敬太郎に思わず手を伸ばしたが、


「うおい!だいじょーぶ?けーたろ?」

「う、うん。大丈夫」

俺の手より先に隣に居たイチローの手が、先に敬太郎の手を掴んだ。
そのお陰で、敬太郎は後ろに転ぶ事なく紙一重でバランスを保つ事ができた。

「…………」


俺は一人、出しかけた手を静かに引っ込めると、目の前に居る二人の生徒がどうしようもなく羨ましく思えて仕方なかった。

繋がる二人の手。
当たり前のように隣に居る幼馴染。
俺にも居てくれた筈の存在。

けど、俺の隣には、もう居てくれない。

敬太郎とイチロー。
二人の何気ないやり取りに、少しの羨望の気持ちが募るのを俺はいつも止められずにいる。
あぁ、大人げない。
大人げないにも程がある。

俺は手を伸ばした先に何も得る事の出来ない空虚な気持ちを振り払うために、目の前に立つ二人の生徒の頭をグシャグシャと撫でまわした。

「おら、お前ら!一体せんせーに何の用だ?」

俺がそう明るく言ってやれば、二人の生徒はクリクリとした目を俺の方へと向ける。
まだ、どちらも急激な成長期が訪れていないせいか、体はけっこう小さい方だ。
この頃は、まだ女子の方が背が高かったりする。

「あのねー、けーたろが馬鹿だから算数が分からないって!」

「馬鹿って言うな!」

そう言ってイチローを睨みつける敬太郎の手には、いつものように算数のノートとドリルが握りしめられている。
俺はそれを見ると、また自然と表情が緩むのを感じ敬太郎の頭に乗せた方の手を、更にかき混ぜてやった。

「へぇ。今度はどこがわからなかったんだ?」

「あのねー、分数だって!分数の計算がわからないっていうから俺も付いて来てやったんだ!」

「付いて来てやったって……。別にお前は一緒に来なくていーって言っただろ。勉強なんだから」

「やだ!俺も敬太郎と一緒に勉強する!」


そう言って先程、敬太郎を支える際に握ったままにしていた敬太郎の手を、イチローはギュウと握りしめると、ブンブンと頭を振った。
何と言うか……あの、作文が原因の喧嘩から無事に仲直りをしてからと言うもの、イチローは以前に増して敬太郎にベッタリとくっつくようになった。
離れていた分のリバウンド効果のようなものだろうか。

まぁ、見ていて微笑ましい限りなのだが、如何せん敬太郎の方は少々息苦しそうだ。

コイツ、小学生のくせに人間関係淡泊そうだからな。
仕方ないのかもしれない。

「はいはい、わかった。わかったから。じゃあ、こっち来い。二人とも。どこがわかんねぇんだ?」

俺は自分の席に二人を呼び付けると、机の上にあった教材を一気に片付けた。
そこへ二人は同じように俺のもとへ駆け寄ってくる。

「先生、ここ。この問題がわかんないです」

「せんせー!何でせんせーはせんせーなのに怒られてたの?」

二人同時に声を上げたせいで、一瞬俺の思考が反応を遅らせる。
えぇと。

「……イチロー、お前。勉強しに来たんじゃないのか?」

「ちょっと気になったから!」

「お前もうどっか行ってろよ!?」

まるっきり勉強をする気のないイチローに敬太郎はヒクリと眉間に皺を寄せると、隣に居るイチローを睨みつけた。
だが、そんな敬太郎の事などお構いなしにイチローはキラキラした目で俺を見上げてくる。

うぉぉ、俺はこの好奇心に満ちた子供の目が一番無下にできないんだよ。
腐っても俺は教師だからな。

「まぁ、先生も失敗したりするから怒られるんだよ」

「せんせーも失敗すんのかー」

俺が短く答えてやると、イチローは更に興味深げな目で俺を見上げてきた。
まぁ、子供にとっては大人(しかも教師)は何でもできるような存在だろうからな。
怒られるっつーガキみたいな事をされてるのが不思議でたまらないんだろう。

俺は頭の中で短くそう結論付けると、とりあえず敬太郎の勉強を見てやろうとノートに視線を移した……

が。

「なぁ!じゃあ、せんせーは何でせんせーになったの!?」

メチャクチャ怒られるのに!
そう言って、また更にキラキラした目を向けてくるイチローに、俺もさすがに口角が引きつるのを感じた。
最初に会った時から感じていたが、コイツ……マジで空気読まねぇな。

敢えてなのか?
敢えて読まないのか?

さすがにこのままイチローの相手をすると、敬太郎の機嫌も急降下するだろうと、俺がノートに視線を移したまま話を続けようとした時だった。

「それ、俺も気になる……」

「あ?」


予想もしていなかった言葉に俺は一瞬呆気にとられた表情で顔を上げてしまった。
そうして顔を上げた先には、今までイチローにムッとした表情を向けていた敬太郎ではなく、ただ純粋に俺の目を見つめる敬太郎の姿だった。

「あー、いいのか?勉強は?」

「それ、聞いてから勉強する」

そう、純粋に俺に対して興味を抱いてくる敬太郎に、俺はどこかムズムズした気分を感じると、フゥと手に持っていたシャーペンを机の上に置いた。

先生になった理由。
別にたいした理由もないんだが、強いて言えば……。

「俺の幼馴染の影響かねぇ」

「幼馴染!!!」

「…………」

幼馴染と言う言葉に、一郎はやけに興奮して身を乗り出して来た。
しかし、それとは対照的に、敬太郎はただ静かに……だが少しだけ驚いたような表情で俺をジっと見上げて来る。

「せんせーも幼馴染居るの!?」

「あぁ、居たぜ。前、敬太郎には言ったが、そいつの名前も敬太郎って言うんだ」

「けーたろ!?」

俺の言葉にイチローの興奮は最高潮だ。
まぁ、俺は一郎だからな。
これこそ、始業式のイチローの言葉を使うならば、まさに“運命”と言うヤツを感じないでもない。

「すっげー!うんめーだ!」

「そう、だね」

やはり「運命、運命」と騒ぎ始めたイチローの隣で、敬太郎はどこか遠くを見るような目で俺を見上げてくる。
こう言う目、敬太郎のヤツ、たまにしてくるけど、なんつーか……子供らしくねぇな。
本当に。

「で、なんつーのかな。高校受験の時まで俺は全く勉強が好きじゃなかったんだけど。受験になったらさすがに勉強しないといけないだろ?だから、その幼馴染の敬太郎と、無理やり毎日勉強してたんだ」

言いながら、俺は少しだけ昔を思い出して、チクリと胸が痛むのを感じた。
もう10年もたつと言うのに、どうやら俺の気持ちは風化せず未だに俺に痛みを与え続けている。
それが、苦しくもあるが……それは、まだ昔を忘れきれない自分に少しだけ安堵する瞬間でもあるのだ。

「勉強なんかつまんねーし、めんどくせーし。本当に嫌いだった」

「俺も俺もー!!」

「だよな?俺もずーっとそう思ってたんだよ」

俺はピョンピョン飛び跳ねながら俺に同意してくるイチローの頭を、なだめるように撫でてやると、その瞬間、隣に居る敬太郎が視界へと入ってきた。
敬太郎の表情はどうにも読みとれないものだったが、俺は何故かこの先の話を、この小さな敬太郎に聞いて欲しいと思った。

俺、勉強なんか大嫌いだったんだ

けどさ………。

「幼馴染と……敬太郎と勉強する時は……つまんねぇなんて思わなかったんだよ。むしろ、楽しい、みたいな。だから、毎日勉強するのが楽しみになってたんだよ」

隣でアイツが悩んだり、わかんねぇって頭抱えてたりするとさ。
何故か俺の方が先に答えを見つけてやるって意地になったりしてたんだよ。

先に答えわかって、俺がアイツに教えてやるって。
妙な競争心だよなぁ。
そう思うなら学校行けばいいっつーのに。

俺は学校には行かず、ひたすら敬太郎との勉強の時間を待ちわびていた。

そんな風に、わかんねぇ問題をひたすら二人で考えて、
わかったら、二人で喜んで。

終わったら、たまに一緒にメシ食いに行ったりして。


「なんか、一人で勉強するのとは違って、一緒に誰かと勉強するのって楽しいんだなって思ったんだ。だから、かな。……先生になりてぇってその時から思ってたワケじゃなかったけど、多分そういうのが先生になりたいと思うようになったきっかけだったと思う。俺は、誰かと一緒に勉強したいと思ったんだろうなぁ」


そうすれば、アイツと勉強してたあの日の満たされた気持ちが蘇ってくるような気がして。
そうだった。

だから……、

だから俺は、教師を目指したんだ。


俺は言い終わると、何故か他人に説明したと言うより、自分に今の気持ちを確認したような気分になっていた。
言葉にした瞬間、確かにその通りだな、とストンと俺の中に気持ちが落ちてきたような気分だ。

「へぇー。そっか!確かに一緒にべんきょーは楽しいもんな!けーたろ!?」

「っえ?!あ、うん。楽しいね」

イチローの笑顔の問いかけに、敬太郎は一瞬戸惑ったように目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻ってコクコクと頷いた。
この二人も、よく一緒に勉強したりしているのだろうか。

「あはは!じゃあ俺もけーたろに勉強教えられるようにせんせーになろっかな!」

「……イチローが先生?似合わねぇー」

そう言ってクスクス笑いながら隣に居るイチローに向かって笑う敬太郎の姿に、俺は一瞬、何故だか幼馴染の敬太郎と、その姿が被るのを感じた。

(一郎が先生?似合わねぇー)

きっと、今の俺を見たらお前は笑いながらそう言うんだろうな。
そう思うと、もう会えない幼馴染の声が無性に聞きたくなって、俺はどうしようもない気分になる。

なぁ、お前は今の俺を見たらどう思うだろうな?
俺、あんなにダメな奴だったのに、今じゃ先生になんてなっちまったぞ。

なぁ、敬太郎。
お前は生きていたとしたら、今、どうなっていたかった?
どんな大人になっていたいと願う?
その隣に俺は居るのか?

なぁ、敬太郎……。

声が聞きたい。

話したい事が、山ほどあるんだ。

敬太郎。



俺は目の前で楽しそうに会話をする、二人の小さな子供を前に、今は居ぬ幼馴染に向かって問いかけ続けた。

雨は、止む気配を見せない。


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あきゅろす。
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