転生してみたものの
仲直りしてみたものの
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第16.5話:仲直りしてみたものの
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少年は、心に大きなしこりを残した。
3時45分の出来事だ。
敬太郎は教室に足を踏み入れた。
その瞬間、ざわついていた教室が一瞬にして敬太郎に意識が集中する。
その居心地の悪い沈黙に、敬太郎は少しばかり背中に嫌な汗が流れるのを感じたが、気にせず自分の席へ足を進めた。
そんな中、一郎はいつものように「席につけー」と教室に居たクラスメイト達に号令をかける。
その瞬間、敬太郎に意識を持って行かれて居た生徒達は慌てて自分の席についていく。
しかし、どうしても気持ちは敬太郎と………そして、敬太郎の登場にいつもの元気の良さが全く感じられないイチローへと向けられるのを、皆止める事がきなかった。
イチローは1時間目のあの出来事以降、今まで、いつもの元気の良さをどこかに置いて来てしまったかのように意気消沈していた。
休み時間も、昼休みも、イチローはずっと席についてぼんやりとしていた。
あの、休み時間ごとに外へ駈け出していたイチローが、だ。
そんなイチローは敬太郎の登場に必死に頭を下げ、俯いたまま顔を上げようとしなかった。
遠くにいる生徒には分からないが、席が近い生徒にはハッキリとわかった。
イチローは震えている。
酷い事を言った自分が、どうやったら敬太郎に許してもらえるのか。
イチローはずっとそれだけを考えて今日を過ごしてきたのだ。
しかし、悲しい事にイチローにはその方法が全くわからなかった。
考えれば考えるほど、気持ちは沈んで、敬太郎との今後は暗いものへと変化していく。
そんな中、敬太郎が戻ってきたのだ。
何か言わねばならない。
何か、何か、何か。
そう必死にイチローが自らを奮い立たせようとしている時だった。
ぽん。
イチローは自らの頭にふわりとした温かいものを感じた。
「けー、たろ……」
それは敬太郎の優しい手だった。
いつも自分を導いて共に居てくれる、敬太郎の優しい暖かさだった。
ぽんぽん。
敬太郎はもう一度、イチローの頭を撫でると、不安気な表情で自分を見上げてくるイチローにいつものように笑って見せた。
それが、今、敬太郎にできる精一杯のいつも通りだった。
これも遠くに座る者にはわからなかっただろうが、敬太郎の反対の手はイチローに見えないように隠され、色が真っ白になるほど力いっぱい握りしめられていた。
二人とも、不安でどうしようもなかったのだ。
敬太郎の笑顔に、イチローも泣きそうな顔でぎこちなく笑顔を作る。
二人とも、何の言葉も発する事はなかったが、これだけは近くに居るクラスメイトも、遠くに居るクラスメイトもわかった。
あぁ、やっと仲直りしてくれた。
クラスの中心の二人の喧嘩は二人だけではなく周りにも大きな緊張を与えていたのだ。
それ程までに、敬太郎とイチローという二人の存在は、この5年2組では大きなものになっていたのだ。
しかし、当の本人たちがそれを知る事はない。
そんな二人の、ほんの数秒にも満たないやり取りを横目に確認した一郎は、口元に小さな笑みを浮かべると、皆が席についた教室を前に帰りの会を始めた。
明日の連絡。
今日の宿題。
そして、
「今日は学級新聞を配るぞー。貰ったら後ろに回せよー」
配布物を生徒たちへ配る時間。
一郎の手から学級新聞という、不定期に出される学級通信が生徒の手へと渡された。
一番前の生徒から一枚ずつ、全員に行き渡る学級新聞。
「こないだ書いた皆の作文、全員かなり良い出来だったので、今回の学級新聞から順番に載せていく事にしました!」
そう、一郎が笑顔で教室中に声を響かせた瞬間。
敬太郎は一瞬にしてあの、保健室での一郎の何かを企むような笑みの訳に我点がいった。
もしかして。
まさか……。
そんな当たってほしくない未来予想が敬太郎の頭を駆け巡る。
冗談であってほしい自分の予想が、ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべる一郎を前に真実味を増してくる。
それに、いっこうに自分の前の席のイチローから学級新聞が後ろへ回されてこないのも、その予想を真実へと変えるいい証拠だった。
学級新聞に載っていた一番最初の作文。
それは………。
「けーたろ……」
そう言ってイチローが学級新聞を持って後ろを振り返った瞬間に目撃したのは。
顔を真っ赤に染め上げ、どうしようもないくらい目を見開いている篠原敬太郎の姿だった。
「けーたろ……」
「読むな」
「もう読んだ!!」
「うわぁぁぁ!!」
敬太郎は真っ赤になって顔を手で覆う敬太郎に、イチローは今日一番の笑顔を浮かべた。
そして、手には力を入れ過ぎてぐしゃぐしゃになった学級新聞を握りしめ、そのまま敬太郎の机を乗り越え、イチローは勢いよく敬太郎へと抱きついた。
あまりの突然の事態にクラスメイトは驚いた顔でイチローと敬太郎の両者へと目を向ける。
しかし、真っ赤になってイチローから学級新聞を奪おうとする敬太郎と、必死に敬太郎を抱きしめるイチローには全く周りの状況は見えていなかった。
「返せ!返せぇぇぇ!!」
「けーたろ!!けーたろぉぉ!!」
そんな二人のやりとりは、いい加減にしろと二人の頭を殴りに来る一郎が現れるまで……
ひたすら続けられた。
そして、この事をきっかけに敬太郎はまた、心の奥底に隠していた事実に蓋をした。
自分が“森田 敬太郎”であったという事実に。
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