転生してみたものの
気持ちを置いてきぼりにしたものの(2)
「なぁ、敬太郎?」
「……………」
少し笑い声のおさまった声で俺を呼ぶ一郎に、俺は一郎と顔を合わせないように反対方向を向いて無視を決め込んだ。
こう言う態度は子供っぽいのだろうが、別にいいだろう。
どうせ、俺は“子供”なんだから。
「俺は、あの作文いいと思ったぞ?これは本当の話だ」
「…………」
一郎に背を向ける俺に向かって、一郎は少しずつ穏やかに変化していく声で話しかける。
「読んでて俺も……少しだけ、昔を思い出したよ」
「……っ」
昔。
その言葉に俺は一瞬もしや、とあの日の記憶が頭をよぎった。
それと同時に体が、体の中心から強張っていくのを感じた。
「先生も、昔、中学生の時な?幼馴染とひっでぇ喧嘩……じゃねぇな。あれは。くだらない理由で俺が幼馴染を死ぬほど傷つけた事があったんだ」
「お、…幼、馴染?」
俺は体中から悲鳴を上げそうになる精神を抑え込み、思わず一郎を振り返った。
どんな顔で一郎が話しているのか、俺は知りたかった。
「そう、幼馴染。ちなみに、名前は“敬太郎”って言うんだぜ?」
「………っ」
お前と同じ名前だ。
そう言って俺の目を見つめる、少しだけ懐かしさを孕んだ一郎の目が、微笑みながら俺を写す。
一郎。
一郎……!
俺は一気に吹きあがってくる気持ちの奔流を、必死に抑え込むと力いっぱいシーツを握りしめた。
苦しくて、苦しくて仕方がない。
俺はもう今は“篠原 敬太郎”だ。
俺はもう昔の俺じゃない。
昔の俺じゃないんだ……!
「まぁ、俺の方の幼馴染は“森田 敬太郎”って言うだけどな。でも俺は“一郎”だろ?で、お前は“敬太郎”だからさ、お前ら二人を見てると無性に、昔の自分たちを思い出すんだ」
「そう、なんだ」
森田 敬太郎
そう、それが昔の俺の名前。
もう使われる事のない、俺の記号。
俺は自分の気持ちを落ち着かせるように小さく息を吸った。
昔の俺の存在は、もう、ない。
今あるのは“篠原 敬太郎”と言う小学生の俺だけだ。
その証拠に、“森田 敬太郎”と言う言葉を発する時、俺を見ちゃいなかった。
「で、俺ら二人も中学に上がるまでは、ずっと一緒に遊んだりしてたんだけど、俺のせいで……まぁ、1年間くらいだったかな。喧嘩して、一言も口利かない日が続いた。俺も、もうダメかなって思ったさ。もうどんなに謝っても許してくれねぇだろうなって」
「……うん」
昔を思い出しながら話しているのだろう。
一郎の目はどこまでも、懐かしそうに細められ、どこか遠くを見ていた。
そんな一郎の目に、俺は少しずつ気持ちが落ち着いていくのを感じた。
あぁ、そうだ。
もう思い出でしかないんだ。
あの日々の出来事は。
あるのは、近くに居るのに、もう俺と一郎は二度と幼馴染として隣に立つ事がないという事実。
それで、いいんだ。
「それで?先生達は仲直りできたの?」
自分から急かす様に尋ねてきた俺に、一郎は少しだけ笑うと、あぁと小さく頷いた。
あぁ、そうだよな。
俺達も仲直り、できたもんな。
「できた。ごめんなんて一言も言ってないけどな。けど、仲直りできた……。すっげー、嬉しかったよ」
「そっか」
俺も、あの時はスゲェ嬉しかったよ。
お前がまた、あの時の俺に会いに来てくれて。
「だから、敬太郎。お前の作文を読んで、先生も昔を思い出したよ。確かに、俺とアイツはどうあっても仲直りして隣で一緒に笑いあう仲だったって。ごめんなんて言わなくても、元通りになれる、大切な幼馴染だったって」
「……そっか」
そう、大切な幼馴染だった。
それは、俺もだったよ、一郎。
「大切な相手と喧嘩できるってのも、実際、幸せな事なんだろうな。お前の作文を読んで、先生は改めてそう思った。だから、今、お前とイチローは喧嘩して、凄く辛いかもしれないけど、それはそれで幸せだと思っとけよ。死んじまったら喧嘩なんて、したくてもできねぇんだから」
「……うん」
死んでしまったら喧嘩なんかできない。
共に隣に立って、成長する事すらかなわない。
常にあった当たり前はもう、当たり前ではなくなるのだから。
それは、痛いほどよくわかる、どうしようもないくらい正しい事実だった。
「つーわけで、敬太郎!ぶっ倒れてないで、さっさと一郎と仲直りしろよ!まぁ、言われなくても帰りの会には仲直りできてそうだけどなぁ?」
一郎はそう言うと、今までとは一変した明るい表情で俺の頭をグシャグシャにすると、そのままズイと俺の目の前まで顔を近づけてきた。
え、何。
この顔。
「……先生、何?」
「んー?何って……何が?」
そう言ってニヤニヤ笑う一郎の顔は、どうあっても昔、子供だった頃の悪だくみを計画していた時のソレと酷似していて……俺は絶対にコイツ何か企んでんなと表情を歪めた。
「先生、何か企んでない?」
「いやぁ、何も先生は企んでませんよ?これは本当にお前らが喧嘩する前の俺がやった事だからなぁ。……まぁ、とりあえず悪い事にはならないから安心しな!」
そう言ってバンバン俺の背中を叩いてくる一郎に俺は、どこか嫌な予感を感じながらジトリとした視線を送る事しかできなかった。
本当に、一体何を企んでいるんだか。
そう俺が思った時だった。
掃除の時間の終了を表すチャイムが、保健室中、いや、学校中に響き渡った。
「お、丁度掃除も終わったみたいだな?敬太郎、もう大丈夫なら一緒に教室に戻るぞ?」
「はーい」
俺はベッドから降りると、敬太郎の後に続いて保健室を出た。
まだ、イチローは怒ってるかもしれない。
許してくれないかもしれない。
そう考えるとまだ俺の気持ちは重いし、教室に戻るのが億劫だ。
だけど。
『……けど、仲直りできた……すっげー、嬉しかったよ』
俺は一郎の背中を追いかけながら、先程一郎の言ったセリフを思い出した。
あれは、確かに辛い過去だった。
現実の今とゴッチャにして俺を気絶させるくらい、辛いモノだったと言える。
けれど、一郎が、過去の俺をあんなに嬉しそうな表情で話してくれるのを見たら、本当にどうにでもなる気がした。
1年間口もきかず、視界の端にすら入れる事のない生活を送ってきた幼馴染は、今、俺が居なくなった後も笑顔で生きている。
笑顔で俺の事を思い出してくれる。
ごめん、がなくても仲直りできる。
俺とお前がそうだったように、俺とイチローもきっとそうなれる。
まずは、教室へ行ってイチローに話しかけよう。
話はまず、そこからだ。
俺は一郎の後に続いて教室に、一歩
大きく踏み出した。
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