転生してみたものの
気持ちを置いてきぼりにしたものの(1)
あれは一郎の言葉じゃない。
イチローの言葉だ。
なのに、どうして二人の言葉が重なったりするんだろう。
違うのに。
二人は違う人間で、今はもう昔とは全然違うのに。
頭じゃわかっているのに、
でも、今もたまに、
気持ちがついてきてない時が………ある。
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第16話:気持ちを置いてきぼりにしたものの
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(ここは……)
俺はうっすらと目を開けると、一体自分がどこに居るのか理解できなかった。
真っ白い天井。
ツンと鼻につく薬品の匂い。
そして、俺にかけられる真っ白い掛け布団
ここは………。
「保健室……?」
「おー、やっと目ぇ覚ましたか。敬太郎」
俺がやっと自分の居る場所を理解した時。
ベッドの周りに引かれたカーテンが勢いよく開かれた。
「……先生」
「おう、大分顔色も良くなってきたな」
一郎はベッドの隣に置いてあった椅子に座ると、そのまま俺の額に手を置いてきた。
そして、やっと暖かくなったなという訳のわからない言葉を呟くと、そのまま俺の額に軽くデコピンをする。
え、何?
若干痛いんだけど。
「……?」
「敬太郎。お前、倒れた時は顔真っ青で、しかも熱が34度しかなかったんだぜ。低体温過ぎ」
「34度……?俺が?」
「まぁ、けどもう今は大丈夫みたいだな。保健の先生が言うには軽い貧血だそうだ」
「貧血……」
俺は額に置かれた心地よい暖かさを伝えてくる一郎の手に、少しだけ目を細めると、次第に自分が今に至るまでの記憶が少しずつ蘇ってきた。
そうか。
俺はあの時、理科室で倒れたのか。
「……ごめんなさい」
俺は自分の身に起きた状況を理解すると、一郎に小さく謝った。
あんな事位でぶっ倒れるなんて、きっとあの後授業はまともに行えなかったに違いない。
本当に、俺もけっこう精神的に強くなったと思ったのに、全然昔と変わっちゃいないじゃないか。
未だに弱い自分のメンタルに俺は自然と溜息が洩れるのを止められなかった。
俺がゆっくりとベッドから体を起こしながら自己嫌悪に陥っていると、一郎はいつものようにグシャグシャと俺の頭を撫でまわしてきた。
その動作がなんとも日常を感じさせてくれて、落ち着く。
「なんで、敬太郎が謝るんだ。怪我しなかっただけ良かったよ」
「でも、実験が……」
「実験なんかいつでもできる。子供がそんな事気にするんじゃない」
「…………」
子供。
そう、一郎に言われ、俺は知らず知らずのうちに布団の中に隠れている拳に力を込めた。
そうだ。
俺はもう以前の俺じゃない。
わかってる。
もう、ずっと昔に諦めた筈だ。
今、俺は “篠原 敬太郎”だ。
昔の一郎に拒絶された俺ではない。
なのに、イチローの言葉が昔、一郎に言われた言葉と被ってしまい、あんな醜態をさらす羽目になった。
自分の不甲斐なさに頭が痛くなる思いだ。
それに、あんなに突然ぶっ倒れた俺を前に、イチローがどうなってしまったのかも俺にはかなり気がかりだ。
「………先生、今、イチローどうしてる?」
「あぁ、イチローね。あいつなら今は皆と一緒に掃除してるぞ」
「掃除?」
「おう、今は3時だからな。掃除の時間だ。それにしてもお前ほんとによく寝たなぁ。お前がこの時間に起きてなかったら、親御さんに連絡しようと思ってたんだが……どうだ?帰り、やっぱり迎えに来てもらうか?」
「いや、この時間、俺の家親居ないから。大丈夫、自分で帰れる」
言いながら俺は周りから聞こえてくる掃除のガヤガヤとした音に頭が若干混乱するのを感じた。
まさか、俺は結局あの後の授業を全て寝て過ごしたというのか?
どんだけ寝れば気が済むんだ。
だからだろう。
なんだか頭がクラクラする。
きっと寝過ぎのせいだ。
「あー、で、だ。イチローの事なんだが……」
俺が重い頭を手で支えていると、隣に座っている一郎が少しだけ言いにくそうな声色で俺に向かって声をかけてきた。
やっぱり。
さすがに俺があんな風に倒れてしまっては一郎もさすがに突っ込まずにはおれないだろう。
「……喧嘩したんだ」
「みたいだな。で?原因は?」
一郎の言葉に俺はまた顔をうつむかせると一呼吸置いた。
俺が話し始めるまで、一郎は黙って待っている。
「この前の金曜日……作文書いたでしょう?」
「あぁ、書いたな」
「……書き始める前に、イチローと約束してたんだ。書き終わったら見せ合おうって」
「……で?」
「でも、俺、イチローに作文見せずに先生に出したんだ」
「うん?」
「そしたら、イチローが怒って……こうなった」
「………」
俺の言葉に呆れたような表情を向けてくる一郎。
一郎の気持は手に取るようにわかる。
きっと、そんな事で?って思ってるんだろう。
俺だってそう思う。
けど、どんな理由だろうと本人にとっては大きな理由なのだ。
こんな大きな喧嘩に発展するに至るに十分な理由なのだ。
イチローだって、きっと作文の事を俺が「そんな事」扱いして適当にあしらったから、こんなに長い時間喧嘩が長引く羽目になったんだと思う。
約束を破った張本人が、そんな態度では治まる怒りも治まる訳がない。
結局、最初から最後まで悪いのは俺なのだ。
「先生、それだけの事で喧嘩すんのかって思ったでしょう?けど、子供にとっては大きな事なんだよ」
俺は先程一郎の言った“子供”発言に、少しだけムッとした気持ちもこめて“子供”と言う部分を強調して言った。
そうだ。
俺はもう子供なんだ。
10歳の篠原敬太郎でしかないんだ。
「イチローのヤツさ。俺が謝っても、どんなにごめんって言っても許してくれなかった。こんなに長い間喧嘩したの、俺初めてでどうしたらいいかわからない。イチローはきっとまだ怒ってる」
言いながら、俺は最後に俺の目に映った苦しそうな表情のイチローを思い出すと、少しだけ涙腺が緩むのを感じたが、泣くのは懸命にこらえた。
25年も生きておいて、そう何度もやすやすと泣くわけにはいかない。
泣いたって、何も変わりはしないのだから。
「……なぁ?敬太郎?お前、何でイチローに作文見せなかったんだ?」
必死に涙の奔流を抑え込む俺に、一郎が先程の呆れたような表情とは一転して、真剣な目で俺に尋ねてきた。
一郎は先生だけあって、子供の感情の機微には聡い。
俺が本気で思い悩んでいる事に、すぐに気付いてくれたようだ。
あぁ。
どうして、イチローに作文を見せなかったか?
そんなの決まっている。
「は……恥ずかしかったから」
俺が作文の内容を思い出しながら、少しだけ顔がほてるのを感じると、それまで真剣な目を向けてきていた一郎の目が一気に細められた。
そして。
「くっ、はははっ」
「わ、笑うな!」
ベッドの隣で、それはもう腹を抱えて笑い始めた。
そんな一郎に、俺は瞬く間に顔全体が熱く真っ赤になるのを感じ、どうしようもなく恥ずかしくなった。
だって、一郎は俺の作文の内容を知っているのだ。
それを踏まえた上で笑うと言う事は……もう、本当に俺にとっては頭を抱えたくなるくらい恥ずかしい事なのだ。
「おっ、お前……敬太郎っくく、可愛いとこあんのな?」
「うるさい、うるさいっ!わかってんだよ!恥ずかしい事書いたなって自分でも分かってるんだ!だからもうそれについてはほっといてよ!」
俺は此処が保健室であると言う事も忘れ、必死で隣で笑う一郎に向かって叫んだ。
しかし、どうやら保健室には俺と一郎しかいないのか、誰にうるさいと咎められる事もなかった。
「……もういい!」
「怒るな、怒るな」
「うるさい!」
笑いながら俺の頭を撫でてくる一郎に、俺は何故かいつぞやの一郎とのやりとりを思い出して更に腹が立ってきた。
いつも一郎には笑われてばかりだ。
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