転生してみたものの
仲良しになったものの
最近、よく考える。
俺は死んでなかったら、どんな大人になってたのかなって。
死ななかったら、俺は今もお前の隣で笑ってたのかなって。
そう考えて、ちょっと思った。
俺、死んだけど結局お前の隣に居るなぁって。
俺達、どんだけ腐れ縁なんだろうな。
なぁ、一郎。
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第11話:仲良しになったものの
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あの日から、一郎は変わった。
本気で、マジで……変わった。
「せんせー!解けたー!」
「解けたーじゃねぇよ。解けましたーだろ?」
「先生!私もできましたー!」
「はいはい、わかったから、終わった人はきちんと並べー!」
あの日、俺が一郎と準備室でよくわからない気持ちの邂逅を果たした次の日。
一郎は、ものの見事に変わっていた。
睨みつけるような視線しか送ってこなかった目は、今では人懐っこい笑みを浮かべ、他人を遠ざけるような厳しい敬語も、今では砕けた喋り方へと変わっていた。
あの変貌ぶりには、クラス全員が思わず目を見開いたものだ。
ただ一人、全く空気の読めない俺の第2の幼馴染だけは、一気に変わった一郎の存在を、これまた一瞬で受け入れてみせたが。
『せんせー!ごきげんだ!』
そう言って笑ったイチローに、大物のオーラを見たのは俺だけじゃない筈だ。
そんなわけで、一郎が奇跡のキャラ変……と言っても多分こっちが素なんだろうが。
まぁどちらにせよ、一郎が変わった事によって、一時はどうなる事かと思われた俺達5年2組の先行きも一気に明るいモノへと変化した。
今ではイチローだけでなく、他の怯えきって居た生徒達も一郎の激変に慣れ切っていた。
今となっては最初のあの厳しかった一郎の方が幻想の賜物だったのではないかと言われている程だ。
まぁ、もともと一郎は周りを惹きつけるオーラを持っていた為、今では一郎も“優しくてカッコイイ一郎先生”としてクラスの人気者だ。
うん、本当に良かった、良かった。
あの初日の調子でこれから2年間、卒業するまでの学校生活を貫かれたら、いくら俺でも胃に穴が開くところだったからな。
うちの学校は人数の変動がなければ基本的にクラス替えは2年に一回しか行われない。
と、言う事は俺はこれから小学校を卒業するまで一郎が担任を務めるこのクラスで小学校生活を送るのだ。
つーか、一郎のヤツ、なんでわざわざあんな作ったような厳しいキャラで俺達に当たって居たのか。
今考えると少しおかしい気がする。
自分で教師キャラがどうだのと言っていた発言からすると、あの厳しいキャラも事前に作っていたものだろう。
まぁ、今となってはどうでもいい事なので掘り返す事などしないが。
「おーら、敬太郎!あと答え合わせ持ってきてないのお前だけだぞー」
「っへ!?」
俺は突然一郎によって呼ばれた事に驚くと、一瞬にして今が何の時間だったのか思い出した。
今は算数の時間だった。
しかも小テストの書きなおし。
「え、えーと。うう」
「けーたろ!もしかしてまだ計算終わってないのー?」
「……まったく。委員長が授業中ボーッとすんなよー」
一郎のその言葉でクラス中が笑い始めた。
くっそ。
俺とした事が……。
えーと、なになに。
公倍数の……えぇぇと、公倍数?。
公倍数ってなんだっけか。
俺は周りの視線を集めながら問題を読んだが、イマイチよく意味がわからない。
情けない事に、小学3年生までは理解できていた算数も小学5年生レベルになってくると、早くも理解の限界を迎え始めてきたのだ。
もともと数学が苦手だった俺は、このタイミングで数学が嫌いになったんだなぁと改めて知る事ができた。
というか、25にもなって、小5でつまずくとは思いもしなかった。
情けねぇ。
「どーした、どこがわからないんだ?」
「っうあ」
俺が一人、解けない問題を前に焦りまくっていると、いきなり俺の目の前に一郎の顔が現れた。
ちょ、いきなりそういうの止めて欲しい。
思わず変な声が出ちゃっただろうが。
「わ、わかります!」
「ほう、じゃあこれ解いてみろ。この3番目の問題」
「えーと、これが、こうだから……35?」
「ちがうよー!けーたろ!そこ36だよ!」
「うっさい!今、まだ考え中だったんだ!」
畜生。
イチローにも算数で負けるとは。
なんで俺は俺に宿題手伝って貰ってるような運動馬鹿に負けるんだよ。
どうなってんだ、俺の脳みそは。
つーか、そう言えば昔一郎と受験勉強してた時もそうだった。
俺が教えてた筈なのに、いつの間にか一郎の方が正答率が良かったりして。
まぁ、そうは言っても学校をサボりまくっていた一郎には結構なブランクがあったから、そうやすやすと負けたりはしなかったが。
しかし、多分あのまま俺が死なずに居たら、一郎から成績を抜かれているのも時間の問題だったかもしれない。
現にこうして一郎は教師になってしまっているのだから。
………畜生。
「敬太郎!」
「……はい」
沸々と湧いてくる悔しさから、俺は苦々しい表情で俺を呼んだ一郎を見上げると、そこには以前職員室で俺の肩を掴んでいた時の、あの、楽しそうな笑顔を浮かべた一郎の姿があった。
すげぇ嫌な予感するんですけど、これ。
「敬太郎。今日は昼休み先生と算数の補習授業だ」
「うっ、え!?」
「わー!けーたろ!ほしゅーだってー!中学生みたいだな!」
「せ、先生!俺、ちゃんと自分で復習するから!」
「ダメだ。ここでつまずいたらこの後ずーっと躓く事になるんだぞ?素直に先生の補習を受けなさい。と、言う訳で。給食が終わったら敬太郎は先生の席に来る事」
「……はぁ」
「あははは!どんまい!けーたろ!」
畜生!
やっぱりか!
俺は前の席で面白そうに笑うイチローや、周りでドンマイと他人事気分で笑っているクラスメイトにブスくれた視線を送ると、手元にあるバツの多いプリントに小さくため息をついた。
そんな俺に一郎はポンポンと頭を叩くと、こちらも楽しげな表情で教壇に戻って行った。
ほんっと、情けない。
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そして、昼休み。
給食の時間が終わるや否や、クラス中の男子はイチローを筆頭に運動場へ走って行く。
女子も何名かその中へ混ざって出ていくところを見ると、今日はクラスでドッジボールでもやるに違いない。
そんな中、俺はと言うと……。
「ほら、先生の隣に来い」
「……はぁい」
俺は自分の椅子を持って、教室の一番前、黒板の左隣にある一郎の机へと向かった。
教室から殆どの生徒が居なくなった中、算数のプリントとにらめっこの時間だ。
「悪く思うなよ。本当にここは重要な所だからな」
「うん、いいよ。もとはと言えば、俺が出来ないのが悪いんだし」
俺が余りにも落ち込んだ表情をしていたのだろう。
一郎は少しばかり苦笑いを浮かべると、俺の頭をポンポンと叩いた。
別に、居残りが嫌なわけではない。
不甲斐ない自分に嫌気が差しているだけだ。
「ここはな、本当はお前らが来年習う筈だったところなんだよ。だから、確かにちょっと難しいんだ」
「ふーん、じゃあ何で今年は勉強しないといけないの?」
「教科書が改訂されたんだよ。俺らの頃の教科書はこれより薄くてな。なんせ、俺らはゆとり教育世代だからな。聞いた事あんだろ?」
「うん、知ってる」
だって俺もまさしくゆとり世代ですから!
とは言えない為、俺は黙って隣でプリントの説明をし始めた一郎の言葉に耳を傾けた。
一郎の説明は、授業で聞くよりもわかりやすくて、イマイチ理解できていなかった俺もなんとなくだが理解できるようになった。
やっぱ、スゲェな。先生って。
「つーわけで、わかったか?敬太郎」
「うん、なんとなく」
「よし、じゃあこっちの問題、解いてみろ」
そう言って指をさされた問題に俺は目を落とす。
うん、さっきより分かりそうだ。
俺は一郎に言われた通り問題を解きながら、フとまたしてもあの懐かしい気分に襲われた。
なんか、本当に懐かしいな。
こうして一郎と隣り合わせで勉強するなんて。
まるで、10年前みたいだ。
『だーかーら!こっちはこう!で、これに当てはめる!』
『うっせーな!もうちょっと分かりやすく説明しろっての!コレとか、アレとか。お前の説明じゃ下手くそ過ぎて意味わかんねぇんだよ!』
『仕方ねぇだろ!俺だってあんまし分かってないんだよ!』
『はぁ!?お前学校行ってんだろ!?なのにわかんねぇのかよ!この馬鹿!』
『……なんだよ!せっかく教えに来てんのに!そんなに言うなら自分でやれ!俺も一人でやるから!』
『っう゛。クソッ、悪かったよ!いーから早く教えろよ!』
本当に、本当に懐かしい。
あの時、俺はあの焦ったような一郎の表情見たさにいつも最後は「一人でやれ!」と言っては一郎の焦り顔を見て笑っていたっけ。
今じゃとことん立場が逆転だけどな。
「おーい、何笑ってんだよ」
「っ!いや、別に何でもない!あ、できたよ!」
「ったく、思い出し笑いする奴はエロイってよく言うぜ?何考えてたんだ?けーたろーくーん?」
そう言ってニヤニヤした顔で俺を見てくる一郎に俺は、とことん冷静な大人の対応をしてやった。
つか、コイツ本当に教師か。
「別に、普通に昔の事思い出してただけ」
「はぁ?昔って……。ガキが何言ってんだっての。お前らに思い出すような昔の事なんかまだねぇだろーが。大人ぶりやがって」
「……あるよ。俺にだって。思い出す昔くらい」
本当は、思い出すような昔にはしたくなかったんだけどな。
俺がそんな事を考えながらふと、隣に居る一郎に目をやると、一郎はどうにも形容し難い表情で俺を見ていた。
「………先生?」
「あ?何だよ」
俺が小さな声で呼ぶと、一郎はまたいつもの顔に戻って俺の事を見た。
「変な顔してたよ」
「ふざけんな。俺の顔は常にかっこいいんだよ」
「自分で言うかなぁ。そう言うの」
「事実だろうが」
「うわぁ、コメントし難いよ。先生」
「うるせぇな!ほら!とっとと問題見せてみろ」
あぁ、こうして軽口を叩いていると勘違いしてしまいそうになる。
一郎と俺は、また幼馴染として一緒に居るんじゃないかって。
此処に居る俺は、本当は10年前に死なずに生きたままだった昔の俺なんじゃないかって。
けど、そんな事を考えてもすぐに現実を思い知らされる。
俺の小さな手や、足が、そして目の前に居る25歳の野田 一郎が。
俺に現実を教えてくれる。
「おー、解けてる解けてる。敬太郎、お前ちゃんとできてるぞ!」
そう言って頭を撫でてくる一郎は、やっぱり俺の知ってる一郎で、
だけど、俺の知ってる一郎ではない。
俺は胸に小さなモヤモヤを抱えながら、今日も昔の幼馴染と一緒に居る。
俺を置いて、たくさん成長した
大好きな幼馴染と。
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