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転生してみたものの
二人きりになってみたものの




何で俺は今さら後悔してんだよ。

何で、俺はもう



お前の幼馴染じゃないんだよ。



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第9話:二人きりになってみたものの
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「失礼します!!」


俺が勢いよく職員室の扉を開けて叫ぶように言うと、中に居た職員達の視線が一斉に俺の方へと向けられた。
もちろん、その中にはお説教の真っ最中だった一郎の視線もあった。

おぉ、いい顔でこっちを見てくれる。
これは勢い込んで職員室に入って来た甲斐があったな。

俺は扉を開け、床に置いたままにしておいた春休みの宿題ドリルを抱えると、視線の集まる状態の中、何食わぬ顔で職員室に入り込んだ。

俺は小学生、俺は小学生、俺は小学生!
俺は空気など読めない子供!

刺さる視線に俺は全く周りの状況などわかっていませんよー、と言う態度を崩さぬまま、ポカン顔でこちらを見つめる一郎の元へ足を進めた。

うぉぉ、嫌だ。
この視線と状況、本気で嫌だ。

ダラダラと流れる冷や汗を背に、俺は一郎を怒っていた……あー、これは確か笹渕教頭か。
うん、笹渕教頭の脇をするりとすり抜けると、今の状況で俺が出来うる限りの子供っぽい表情で一郎を見上げた。


「先生!宿題、持ってきました!」

「……あ、あぁ。ありがとうございます」


未だにポカン顔が整わない一郎に俺は一瞬吹き出しそうになるのを堪えた。
何だよもう。
この驚いた時の顔はどんなに大きくなっても変わらない。
昔の一郎のままだ。

俺は大人になっても変わらぬ一郎のその姿に懐かしい気持ちになると、そのまま少しだけ、本当に小さな気まぐれが俺の中に芽生えた。


一郎、負けるな。


「先生!昨日、放課後に教えて貰った算数の問題、凄くよくわかりました!でも今日もまたわからない問題があったので教えて貰っていいですか?」

「……は、算数?」

「はい!昨日の先生の説明、凄く分かりやすかったので今日も教えて欲しいです!教室に問題があるので、先生、また教室で教えてください!!」


突然の話に戸惑う一郎に、俺は更に大きな声で口を開いた。
そりゃあもう、職員室中に、俺の声が響き渡るように。


「俺、先生が新しい担任の野田先生で本当に良かったなぁ!」


頑張れ、一郎。
お前、先生だろ?


俺の言葉に一瞬、今までにない位大きく目を見開いた一郎はそのまま俺の目をジッと見つめていた。

何でお前が怒られてんのか、俺は知らない。
けど、せっかく何かの縁でまたこうして会えたんだ。

あんまし、幼馴染の怒られてる姿なんて、見たくないだろ?


「先生。算数、教えてくれますか?」


再び響き渡った俺の声に、一郎はすぐに意識を取り戻すと戸惑った表情のまま……しかし、薄く口元に笑みを浮かべて「いいですよ」と頷いた。

「ありがとうございます!先生!」


俺のその言葉に、今まで俺の後ろでこの状況を見守っていた笹渕教頭が一つ大きな咳払いをして、俺の後ろから離れていくのを気配で感じた。
それをきっかけに、今まで俺達に注目していた他の教師たちも戸惑いながらではあるが、自然と各々の仕事に戻っていった。

俺は周りの様子に小さく息を吐くと、そのまま一郎にペコリと頭を下げてクルリと一郎に背を向けた。
するとその瞬間、後ろに居た筈の一郎がいつの間にか俺の真横に来て俺の肩をポンと叩いた。

あれ?何だ?この満面の笑みは。

俺は……、俺を満面の笑みで見下ろしてくる一郎を油の切れた機械のように軋みながらゆっくりと見上げると、一郎は俺の肩を握ったままニコリと微笑んだ。


「さて、敬太郎君。一緒に、算数の勉強でもしましょうか?」

「……は、はい」


あはは、やっぱりそうなるか!

俺は肩に食い込む一郎の指に、やはり余計な事はすべきでなかったと心底後悔した。




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「で、敬太郎君。どの問題がわからないんですかー?」

「………………」


先生。
それ、誰も居ない薄暗い準備室で言うセリフじゃないです。
そして俯く生徒をニコニコ見下ろしながら言うセリフでもないです!

そう。
俺は現在、一郎と二人きりで、普段は殆ど使われて居ない教材準備室の中に居る。
使用頻度が極めて低いせいか、部屋の中は埃っぽく、そして薄暗い。
この状況でもし何かあっても、誰も居ない校内でここに気付いてやってくる人間は、まず居ないだろう。

そして、だ。
目の前には先程までの戸惑った声からは打って変わってイキイキとした、それはもう楽しそうな声で俺に向かって言葉を投げかける一郎の姿がある。


「あれれー、さっき言ってたじゃないですか?わからない問題があるって。あれは嘘だったのかなぁ?」


そう、わざとらしく声に笑いを含ませながら聞いてくる一郎に俺は一気にハァと溜息をつくと、とりあえず観念して一郎の方を見上げた。
うん。俺の予想通り、一郎はもうめっちゃ楽しそうに笑ってるね。

この笑みは教師が生徒に浮かべる笑みでは、決してないと思うけどね!


「先生、あれ、嘘なんで、もう帰っていいですか?」

「だろーなぁ?俺は昨日お前を締めあげた記憶はあっても、算数を教えた記憶はどう探してもねぇからなぁ?」


俺の言葉で一気に敬語すら使わなくなった一郎に、俺ももうヤケクソな気持ちで一郎の好奇心に満ちた目を真正面から受け止めてやった。
もう、ここまできたらこちらも10年前と同じように普通通りに対応させてもらう。

一郎だって俺を小学生として扱ってくれないんだ。
こっちだって普段は小学生に囲まれて生活している鬱憤がある。

これはもう猫かぶんのはよそうじゃないか。


「先生、俺もうイチローが待ってるんでもう帰りたいんだけど」

「へぇ、お前、ただの優等生じゃないんだな?」

「俺はただの小学生だよ」

「ふーん、まぁそれでもいいさ。んな事よりお前、何でさっきあんな嘘ついた?あ?」


もう只のチンピラだよコイツ!

俺は中腰になって俺の目の前に目線を合わせてくる(ムカつく)一郎の面白いモノでも見るような表情にムッとすると、それを隠すことなくぶっきらぼうな口調で言い放った。


「先生が怒られてて可哀想だったから!」

「へぇ」

「な、何だよ!俺が行かなかったら先生、絶対ブチ切れてただろうが!」

「まぁ、そうだな」

「だろ?だから、何かあって先生が問題起こさないように俺が話に割り込んで行ったんじゃないか!」

マジで感謝しろ!


俺がムッとした表情のまま一郎に言い放つと、一郎は今まで浮かべていた表情から一転して何やら真剣なまなざしを俺に向けてきた。

え、何か急にそうやって雰囲気をガラっと変えるのよして欲しいんだけど。
怖いんだけど。


「お前さ……」

「何だよ……」


俺が目の前にある一郎の表情にビビっていると、一郎は若干眉間に皺をよせながら俺をジッと目を見つめて来る。
いや、これは睨んでいるのか。
どっちなんだ!

何か怖いよ、一郎くーん。

俺がそう思って一歩後ろに足を引いた時だった。



「老けてるって言うわれねぇ?」

「……ふぁ?」


一郎は突如として俺の頬をつねり結構強い力で横に引っ張ってきた。
え、何この状況?


「でんでー、いだい」

「そりゃぁ、痛くしってからなぁ。それにしても、お前、ほっぺたプニプニだな。さすが小学生」


一郎はそう言いながら面白そうに俺の頬をつねったり引っ張ったり、挙句の果てには顔を両手で挟んで俺の顔で遊び始めた。
えぇ、だから何ですか、これは。


俺はあまりにどうしたらいいのか分からない状況に抵抗できず一郎のされるがままになっていると、一郎は楽しげに笑いながら俺の顔から手を離した。


「ま、ただの小学生だな。お前は」

「一体なんだ!?」

「あははは。まぁ怒るな、怒るな。ただの小学生よ」


そう言って一郎は心底面白そうに俺を見つめながら、俺の頭を撫でると「悪い、悪い」と罪悪感のかけらも感じていなさそうな謝罪をくれた。

畜生、一郎のヤツめ。
わけがわからん。

俺は引っ張られて熱くなった頬を撫でながら、ちらりと一郎を見上げる。

一郎は、やはり笑って俺を見ていた。

普段から、教室でもこうして笑ってりゃいいのに。


俺は心からそう思うと、また、あのたまらない気持ちに襲われた。



笑ってれば、一郎はきっと誰よりも生徒から好かれる人気の先生になれるのに。
あんなよそよそしい敬語なんか止めて、今みたいにしてれば他の教師にも馬鹿にされる事などないだろうに。

一郎、俺はお前が馬鹿にされたり、嫌われたりするのが悔しいんだよ。


お前は凄い奴じゃないか。

いつだって、俺の前を走っていく、

かっこいい奴じゃないか。



「おい、どうした。そんなに痛かったか?」


いつの間にか黙ってしまった俺を不審に思ったのだろう。
一郎は少しだけ心配そうな顔で俺の顔を覗き込むと、俺の頭を撫でてきた。


一郎。

一郎………。


「先生、先生は本当に良い先生だよ」

「そう、か?」

「今みたいに、教室でも笑ってれば、絶対どの先生より皆に好かれる。皆、怖がったりしない。そしたら先生も教頭先生に怒られたりしない」

「………………」

「先生を、誰も馬鹿になんかしない」


一郎。
お前、“大人”なんだから、もう俺にこんな事言わせんなよ。

お前が凄いとこを、見せてやれよ……!


俺がいつの間にか俯いていると、俺の頭に置いてあった一郎の手がいつの間にか髪を撫でるような、少しくすぐったい動作になっていた。


「お前、髪サッラサラだな」

「……もういいよ!」


俺は全く関係ない事を呟いてくる一郎に、一気に気持ちがしぼむのを感じると一郎の手を勢いよく叩き落とした。

畜生、こう言う好き勝手なところは本当に変わってないなもう!


「俺、もう帰る!!」

「おい、」

「さようなら!」


俺は一郎が呼びとめる声などお構いなしに、一郎に背を向けると、そのまま入口に向かって1歩踏み出した


筈だった。


「ぐぇ」

「だから待てって」


俺は背後から一郎に首根っこをつかまれると、先程踏み出した筈の1歩前へ進める事なく一郎の元へ引き戻された。

もう!一体何なんだよ!?


「俺もうかえ」

「やってみるわ」

「………は?」


何だって?

俺は自分の言葉に被った一郎の声に、とっさに首根っこを掴まれたまま勢いよく後ろを振り返った。


「だーかーら。お前に言われた通り、ちょっくら路線変更してやってみるわって事だよ」

「路線……?」

「そーだ。俺の教師キャラ路線。ま、うまくいくかはわかんねーけど」


お前が上手く行くって言ったしな!

そう言ってニカッと笑った一郎の表情が、余りにも昔の一郎の笑顔過ぎて、俺はなんだか無性に泣きたくなった。


あぁ、畜生。

何だよ。

俺はもう昔の俺じゃないのに。

なんでお前は昔のままなんだよ。

もう。



何で、俺はもうお前の幼馴染じゃないんだよ。


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あきゅろす。
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