Gift 1 貴陽紅家別邸、客人の為に用意された一室で一人の男性が右手で己の顎髭を神経質に撫でていた。 卓子に肘を押し付け、深い深い溜め息を吐く。 「するべきか、せざるべきか……」 地の底から這い出でるかのような渋い声で自問自答する。数刻前からずっ とだ。 彼、紅家当主名代、紅玖琅はあることに悩んでいた。 〜涼風に琵琶の音は流れる〜 玖琅が頭を抱えているのと時を同じく、別室では二人の子供が椅子に腰掛け、ぶらんぶらんと足を揺らしていた。 とても機嫌が悪そうに。 「ねー、あにーえー?世羅、こーあにーえに、あいたいの」 大好きな人にどうして会えないの?とぷんぷんと頬を膨らませる。 紅く熟した林檎のようなそれは、子供が好きを自称する者ならば容易く陥落する程の攻撃力を秘めているだろう。 当然、狙ってやっているわけではない。 しかし、彼女は己の容姿を、魅力をより引き出す技を、そしてそれによって他者にどのような効果があるのかも、十二分に理解していた。 自然に発現する天然の誘惑。齢六歳の幼子が身に付けるにはあまりにも… 「末恐ろしい妹だね、お前は」 妹と同じく“無邪気な子悪魔”の称号を冠せられる兄は、さも他人事のように呟いた。 「仕方がないだろ?兄上は仕事なんだから………何日も帰って来れないのは父上や叔父上の陰謀に違いないけど」 小さく付け加え、少年は十二歳らしさに欠けた苦い笑みをふっと口の端に浮かべ上がらせる。 兄妹が共に慕う義理の従兄弟はここ最近、厳密に言うと彼らが貴陽紅家別邸に滞在するようになった翌日から、ずっと朝廷に缶詰になっていた。 黎深が伯邑達の絳攸に対する尋常ならざる思慕を見抜いているからだ。 以前より懸念していた玖琅も荷担して、息子達を徹底的に遠ざけようと画策しているのだ。 父上達は全くわかってない。僕がどれほど兄上を愛しているのかを。 だから、父上はあんな馬鹿な計画を建てたりするんだ。 伯邑はぎりっと奥歯を鳴らす。今思い出しても忌々しい。 けれど黙って従うわけにはいかない。あのような悪事、邪魔するのみ、だ。 軽い動きで、足の届かなかった椅子から飛び降りる。そして、未だ膨れる世羅姫ににっこりと笑いかけた。 「ねぇ、世羅。既成事実 、作ろうか?」 + [次へ#] |