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短編


首を上に曲げてみて、視界を普段見ている範囲をより広げてみる。すると彼の人は楸瑛の身長より高い台の上にいた。自らの探し人は浮遊してるように見え、思わず微苦笑してしまう。


「なにやってるの…?まさか迷子になったからっていう理由でそこにいるわけではないよね?」

「だだ物をとろうとしているだけだ!なんで迷子になったからって台の上に上がらければならないんだ!」

「ほら…上から見たら周りが良く見えるでしょ?だから」

「馬鹿にしてるのか!俺はそんなことしない…って、そもそも俺が何時何処で迷子になった!」

「いやだなぁ、冗談に決まってるだろ」


へらへらっと笑ってみせる。そうして彼は何時も通りに怒りに堪えた顔をする。

(ああ、実に勿体ない…可愛い顔をしてるのにそんなに眉間に皺を寄せるなんて)

といった感じのことをひそかに思ったりする、普段と変わらない日常。
そう、何も変わらない。穏やかな。少し胸にくすぐったい感覚が広がる。
そしてその事実に関して、不変を望む自分と変革を望む自分が激しく蠢いているのを感じる(これも変わらない日常だ)。矛盾している感覚。戸惑う感情。内なるものを綺麗に覆い隠すことは得意だったから何時もの様に隠す。変わらない。そうして再び感じる、蠢き。

「それにしても…改めて見てみると本当に高いな」

「絳攸、そこから降りてくるの大変でしょ?受け止めるから飛び降りておいで」

「は?正気か?誰がお前みたいな常春頭に向かって飛び降りるんだ…ああそうか、お前の頭の花がクッションになるのか」

「……こうゆう」

溜め息をついてみせると絳攸も流石に悪いと思ったのか、わかった、とか、仕方ない、なんて言いながら飛び降りる体制に体を整える。


ふと、その瞬間
ほんの僅かな隙間に
(これも常だ)


遠くへ、投げ掛ける
(そのベクトルの方向)


(ああ、まただ)


透ける直線。視線。山奥に流れる小川の清流のような、透明感。
その直線上に自分はいるのだろうか。彼は確かにこちらを見ているが、稀にこちらを擦り抜けて何処か遠いところを見ている素振りをする(彼は何処にいるのだろう)。
未来、過去、現在。そのどれかを見ているのか、それともただ空虚を見据えているのか―――未だにわからない。私には知り得ないのだろう、そこは永久に未知数な世界。ただ何となく思う。誰もその瞬間の直線上にはいない、という事は。
だからその瞬間にだだ自分は願うしかないのだ。何時しか彼の見据える先が定まるように、そしてその見据える先を、自分にどんな形になっても良いから示して、共に、と。
また、それは揺れる瞬間でもあり―――その時の儚さを、脆さを、危うさを見守るだけの自分は無力なのだ。彼に対してだけは、無力なのだ。自分の持てる力が及ぶ対象として、彼は余りにも高い場所にいて。そして純白。藍に、闇に塗れた自分が触れてはいけない気がしてくるくらいに。煌めいて。手が届かない。
不可侵の領域に、いつも彼は。

【蠢く変革よ、】



向けられる視線。
彩られる、直線。


菫の虹彩の奥、瞳孔の一点、その延長上で私を突き崩す彼。
それに対し、及ばない、と唇を噛み締める自分(それは腕か力か)。


(果たして、どちらが)


「いくぞ、ちゃんと受け止めろよ」

「了解」

にっこり笑って、腕を広げる。待ち受ける準備。
彼が本当に浮遊する瞬間


急速に戻る、
直線は彩られて。


自らの腕の中に飛び込む、接近する彼の人。


いつもよりさらに近くに。重くなる。感じる、色彩。温もり。吐息。鼓動。


【蠢く不変よ、】


「大丈夫かい?」

「大丈夫だからさっさと降ろせ」

「はいはい」

彼は降り立つ。両足で地を踏み締め。
軽くなる。そして離れる、色彩。温もり。吐息。鼓動。
名残惜しくも、細胞一つ一つに焼き付けられるそれら。


「さて、今からどうするの?」

「読書するに決まってるだろ」

「えー。どっか行こうよ」

「お前と違って暇じゃないんだ、この常春頭」

「酷いなぁ」


くすくすと何時も通りに笑いながら、離れた事に対する不満を隠して。直線に色彩が戻った事に対して満足し、何時も通りの会話を。





今日も変われなかった
【不満を抱き、】
今日も変わらなかった
【安堵を抱き、】

心に沈澱していく、何かを感じる。





【一体、汝等は何を望む?】





End


変わって欲しい、変わって欲しくない…楸瑛さんの一人勝手な葛藤。何時か絳攸さん視点で書いてみたいです。


あきゅろす。
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