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短編


その男は突然、変な事を言い出した。

「ねぇ絳攸、海へ行こうよ」

ああ、とうとう頭の花が全て枯れたか。









    








無理矢理連行され、車を飛ばして早1時間。目的地に着いた。絳攸は此処に行こう、と提案した自分の横に立っている人物を睨み付けた。

「おい、馬鹿常春」

「馬鹿常春って酷くない?」

「正真正銘の馬鹿だからなんの問題もない」

楸瑛が馬鹿呼ばわりされる理由は簡単。海に来たからだ。しかも今は初秋。

その馬鹿は横で深呼吸をして気持ち良さそうに伸びをしていた。

「いやー、こんな季節に来てみるのも良いと思わない?」

「全ッッ然思わない」

全く。海が嫌いな俺に対しての嫌味か。
海なんて入って何処が楽しい。炎天下の中、わざわざ塩辛い水に入る意味が解らない。

それに思うのだ。

このとてつもなく大きな水溜まりはちっぽけな人間の命なんて簡単に飲み込んでしまえる。

時に綺麗に。
時に醜く。
何処までも深く、深く。

そして自ら、命という名の灯火をわざわざ水に翳(かざ)して消す必要性はない、と。


それは絳攸が海に対して抱いている思い。


暗い目で海を見ていた絳攸に楸瑛はまた唐突に言い出した。

「ねぇ…このまま帰るのはつまらないし、折角だから入っちゃおうか」

「………は?」

その台詞を理解する前に絳攸は海に突き飛ばされた。




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