main_11|02|25 柔らかな欲と(天戦)


これの続きです。
飼い主×半人間な猫のパラレル
特殊です、注意。


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「信じらんねえ、最低だ」


言葉が心臓に突き刺さる、気がした。こんなに辛いのはひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。あれ程懐いてくれていたペットに見放された飼い主というこの状況が、まさかこんなにも辛いとは。人は言葉で死ねると言う事を、俺は身をもって知った。これは、辛い。


「…そんなに怒らなくても…」
「浮気者」


言葉は刺々しいし目も合わせてくれない。けれど彼の声は震えていて、目には涙が浮かんでいた。それが俺の図太い筈の心臓を抉る。
余所の猫と少し遊んだ程度で、そんなに怒らなくてもいいのに―――なんていう俺の情けない言い訳染みた言葉が喉の奥に引っ込んでいく。


「ば…戦人さん」
「触んな」


ぴしゃりと拒絶され、彼に触れようとした俺の手は行き場を失った。…虚しい。いや、俺が悪いのだが、それでも。


「…シャワー浴びてきてくれ。他の奴の匂いがするから、嫌だ」















「はあ…」



狭い風呂場に、俺の溜息が響く。情けないなんてモンじゃない。彼の、あの泣きそうな横顔を思い出すと、罪悪感で死にそうになる。
そりゃあ、動物だもんな。猫なんだ。他の猫の匂いがすれば嫌だろう。テリトリーを侵された気分になるのだろうか。人間で言えば、浮気相手の香水の匂いを身体に染み付けて帰ったようなものなんだろう。浮気者、と罵られても仕方が無い。
とりあえず、言われた通り念入りに身体を洗ってはいるが、果たしてこれで機嫌を直してくれるだろうか。…きっと直らないだろう。風呂場から出たら、またあの視線に責められるのだろう。
(自業自得、か)
もうちょっと考えて行動すれば良かった。これは、後悔する。








「戦人さん…?」


風呂から上がった俺を待ち受けていたのは、責める視線ではなく、人の形に膨らんだベッドだった。布団を被って丸まっているらしい。端から赤い尻尾がはみ出ていた。
ベッドに腰掛け、膨らみに声を掛けてみるが返事は無い。試しに布団を捲ってみるが、何も抵抗はなかった。
彼はゆっくりと体を起こし、涙で濡れた目で俺を睨んだ。


「…お前なんか嫌いだ」


嫌い。聞きたくなかった言葉を真正面から受け止めてしまって、俺の頭は数秒フリーズした。破壊力が凄まじい。泣きたい。
目を赤く腫らした彼が、言葉とは裏腹に俺に擦り寄ってくる。首筋に顔を埋めて、匂いを嗅いでいる様だった。どうやら匂いは消えたらしく、一つ頷いてから俺の身体に凭れ掛かった。


「…すみません」


ダメージからほんの少し回復し何とかそう言うと、首に噛み付かれた。


「二度とすんな、ばか」
「はい」
「次また知らない奴の匂いがしたら、出てくからな」
「…はい…」
「……よし」


機嫌は、少しくらい直っただろうか。
彼はそれきり何も言わず、俺の首筋を舐めたり、頬をすり寄せたりと甘える時の動作を繰り返した。
(多分、甘えてるんじゃなくて、マーキングしてるんだろうなぁ)
少し寂しいような気がしたが、よくよく考えれば、彼が独占欲を表に出しているということだ。そうならば、嬉しい。独り善がりではない。

俺はようやく、恐る恐ると言った風に彼の身体に手を伸ばした。先程触るなとまで言われてしまったのが思った以上にショックだったらしく、触れるのに随分勇気が必要だった。…しかし恐怖とは裏腹に、手のひらはあっさりと彼の背中に触れる事ができた。拒絶するような態度は無い。
―――やっと安心することができた。いつの間にか止めていた息を吐いて、彼の身体を抱きしめる。しなやかな背中を撫でる。彼の赤い尾が、ふわりと揺れた。


「じゅうざ、」


猫の声が甘く響く。じわりと鼓膜から溶け込んで、ひどく幸福な気分になった。







柔らかな欲と










あきゅろす。
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