main_10|12|02 手間が掛かる(天戦)
これの続きです。

+++


「ねえ、社長」


仕事の、帰り際。そうだと思い出して、見慣れた背中に声を掛ける。


「今時の18歳頃の男って、どんなもんが好きなんですかね」
「…はあ?お前ェ、それを俺に聞くのか?」


年寄りの俺より、歳の近いお前の方が良く知っているだろう。

ああ、それもそうだ。ですよねぇ、と笑って誤魔化して、天草は足早に帰路についた。
やっぱり自分で考えるしかない。今あの部屋にいる、あの子供をどうやって懐柔するか。

しかし現実はそう簡単ではない。銃を向けて匿えなどと言ってくる子供が、そう簡単に懐く筈が無いのだ。
それを分かっていながら、その上で、どうやってを考えるのが、ひどく魅力的だった。









「ただいま」


普段は言わない言葉を、今は同居者がいるからと言ってみた。声となる返事は無かったが、僅かに空気が揺れるのを感じた。ペットを飼っていたら、こんな感じなんだろうか。例えば、猫とか。


「…あれ、寝てます?」
「……起きてる」


ソファーの上で丸くなっている赤頭に声を掛けると、それは緩慢な動作で身体を起こした。身に着けている服は(流石に下着は新しいものを買ったが)上も下も天草のものだ。身長が近い為に合わない事は無かったのだが、僅かに袖やズボンの裾が余っていた。布の端からはみ出る様に生えた指先や足先が、何故だか可愛らしかった。
そこは可愛いのに、表情は不貞腐れた様な可愛げの無い表情。それを向けて、少年は低い声で何か用かと聞いてきた。


「これ。コンビニで菓子買ったんですけど、食べます?」
「…食べる」


差し出したビニール袋は、思いの他素直に受け取って貰えた。
少年はビニール袋を漁り、その中からプリンを取り出した。一緒に入っていたスプーンも、取り出して封を切る。
甘いものが、好きなんだろうか。腰を下ろして、少年がスプーンを無心に食べている様を眺める。
あっと言う間に食べ尽くして、またビニール袋を漁った。激辛と記されたスナック菓子は一瞥しただけで袋に戻し、代わりに新発売だか何だかのチョコレート菓子を手に取っている。


「…あんた、ちゃんと晩飯食べたんですか?」
「食べたけど、…何だよ?」
「いや、それにしては良く食うなと思って」
「この時間まで起きてりゃ晩飯だけじゃ腹減るんだよ、悪いかよ」


料理ができると言うから、冷蔵庫に適当に食材を入れておいて、少年にはそれを好きにするように言ってある。今日も自分で作って食べたようだ。
チョコレートのコーティングがされたよく分からない菓子を口に放り込みながら、不機嫌に言う。その眼は少し眠たげだった。

少年は、天草が起きている間には絶対に眠ろうとしない。恐らく、天草が眠ってから自分も眠りにつき、そして天草が目覚めるより前に起き出す。
つまり、寝首を掻かれない様にと、警戒しているのだ。

(心配しなくても、そんな事しやしねえのに)

そう伝えても少年は信用しないだろう。現に信用されて無いから、彼は自分の前では眠ろうとしないのだし、名前も目的も教えてくれないのだ。


「…ごちそうさま」


そう言って、ビニール袋を差し出してきた。それを受け取りながら、根は良い子なんだろうと思う。未だにお帰りやおはようは言ってくれないのだが、礼はちゃんとするのだ、この子供は。
ビニール袋を覗き込むと、激辛らしいスナック菓子が残っていた。辛いものはどうやらお気に召さないらしい。…後で酒のつまみにでもしよう。

ビニール袋をテーブルの上に置き、再び少年に眼を遣ると、先程よりも随分眠そうな眼をしていた。

(…こりゃあ、さっさと寝てやんねえとなあ)

自分が寝ない限り、彼も寝ないのだから仕様が無い。
面倒くさい上に、一向に懐かないペットだと、天草はそっと溜息を吐いた。



手間が掛かる
(程、愛らしいもの)





あきゅろす。
無料HPエムペ!