far memory
13





ちっぽけで弱いくせに強がる樹が笑うと、嬉しくなった。


一緒にいるうちに知っていった樹の家庭環境に、同情しなかったといえば嘘になる。


俺は確かに自他共に認める変なヤツだけど、それなりに心はある。


俺に何をされても、どんな風に八つ当たりされても、全部いいよと受け入れてくれた樹。


仁にぶつけられなかった醜い感情のはけ口なだけだった存在は、厄介なことに、今じゃ必要不可欠なものとなっていた。



樹は、俺の安定剤みたいな存在で。


仁の代わり。





それが完全に、愚かな間違いだと分かったのは、少し遅すぎた頃だった。






ガチャリといつも通り勝手に部屋に入ると、樹はソファの上で丸くなって、ネコのように眠っていた。



そんなに丸くなると、ちっちゃいお前は、本当にネコにでも変身してどこかに逃げて行ってしまいそうだ。頭を撫でようと出しかけた手を寸でのところで止めて、奥歯を噛み締める。



もう、コイツには触らない。




遅すぎたけど、開放してやらなければならない。





お前はこんなに俺に尽くしてくれたけど、俺はきっと、一生お前を好きになれない。




だって俺、もとはしのぶと一つだったから、


しのぶのことしか考えられないんだ。



お前のことを考えてやれる、ちょっとだけ人間らしい部分は、しのぶから分けてもらった優しさに違いない。





俺の世界には、しのぶしかいない。

しのぶしか、いらない。




もう壊してしまうからとか、好きすぎて怖いとか、もしかしたら嫉妬でしのぶ自身を殺してしまうかもしれないとか、そんなことは考えない。


開き直ってるわけじゃない。


絶対にそんなことしない自信がついた。



俺がバカなことばっかやってる間に、しのぶが壊れてしまったから。




きっと俺が壊れたら、しのぶも壊れる。

だからきっと、俺が嫉妬で爆発しそうになってもしのぶを殺してしまいそうになっても、俺がなにかする前にしのぶが俺を止めてくれる。だって、世界で唯一俺が写真を撮る人間だ。


しのぶしかいらない。






「いつき」




一度声を掛けても、樹はそれくらいじゃ目を覚まさなかった。


こいつは案外寝起きが悪い。


それはきっと、いつも遅くまで働いてるから。


「いつき、起きろ」



じーっと見つめながらさっきより少し大きな声でそういうと、樹は何度か瞬きをしながら目を覚ました。

奇跡だ。こいつが呼ぶだけで起きるなんて。




「らくちゃ…」


「樹、別れよ」





「楽、ちゃん?」


何を言っているんだとでも言いたそうな顔で俺を食い入るように見つめる樹は、その一言で完全に覚醒したようだった。



あ、なきそう。



そんなことを思っているうちに、泣いた。



こいつが泣いた見たのって、初めてだっけ?それとも、何回目かだっけ?



そこで、結局俺はしのぶのことしか目に入ってなかったことに気づいた。





俺は最低のクズだけど、付き合ったら浮気はしない。
ちゃんと俺が振るまで、他のヤツと寝たりはしない。

俺の別れの言葉は、本当に最後の言葉。




「そんな、嘘…らくちゃん…」

「…お前には、付き合ってきたヤツんなかで、一番わりーことした。ごめん」

「ごめんとか、言わないでよ、嘘でしょ?楽ちゃん、ねえ」

「嘘じゃない。嘘とかつけねーし」



俺ね、しのぶ以外には感情が欠落してるとこが多くて、自分でも何してんのかよくわかんねーときがあるんだよ。



「なんで、……俺、悪いことしたかな…」

「ちがう。多分、してない。樹のことは好きだけど、好きじゃねーんだよ」


「…よく、わかんない」



好きって言葉の意味がよく分からない。




俺が必要な人間は、家族でもトモダチでもなくてしのぶだけ。愛してるとか好きとか、そんなんじゃ言い表せないけど、それしかないならしのぶにそれを使う。

樹のことはしのぶの代わりだから、言ってみれば好きで足りる人間だった。でももし同じ意味で好きって言葉をしのぶに使うとしたら、樹の存在なんかたちまち消えてしまう。




「そ…っか」

「…そう」


「もう、触っちゃだめ?」


よく考えてることわかんじゃん。そうだよ、もうお前はダメ。いつもだったら笑ってそう言ってやるのに、最後だから言わなかった。

それはきっと俺の中の優しさだった。


好きだった人間への、最後の愛の行為だった。



「俺、ほんとは、きっと、わかってた…楽ちゃんが、俺のことなんか、少しも見えてないこと」




「でも、俺は楽ちゃんしか見えてなかったから、」




「まだ、引きずっちゃうかもしれないけど、……でも、楽ちゃんが別れたいなら、しょうがないね」







俺は本当に最低な人間だと思った。





「今までありがと」








少しだけしのぶと似ている声で、泣きながら告げられた言葉に胸が苦しくなった。


好きじゃなかったわけじゃないんだ。


ただ、はじめからお前を見てなかっただけ。





ぎゅっと握られていた拳が開かれ、左右に手を振られる。いつもこの部屋を出て行くとき、笑いながらそれを俺にするお前が居た。



でも今日はこっちも見ないで泣いて、最後の力でさよならをされる。






俺はぐちゃぐちゃになった心を元に戻すために、今までごめん。と一言呟いて部屋を出た。






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