far memory
08
翌日、家に着いたのは午後四時過ぎのことだった。学校終わって直行すれば、こんなにはやく着く自宅。久しぶりに早く帰ったそこは、暇以外のなんでもないところだった。
帰ってなにするっつうわけでもねえんだよな…。考えながら玄関に入ると、無数の靴がそこにはあった。そこで昨日の幸太の話を思い出す。
そういや、今日あいつのトモダチがどうとか言ってた…。
でもそれ10時じゃなかったのか?
まさか朝の10時?
ま、どうでもいいか。
靴を脱ぎいつも通りリビングへ向かう。ドアを開けると、そこにはいつも通りおかんがソファでくつろいでいた。
「幸太のツレきてんの?」
「…あら!おかえりしーちゃん。今日は早いわね」
ドラマの再放送に夢中だった母親は、一拍置いてから俺に応答する。しかし質問に対する答えは返ってこない。
「で、上?」
「こうちゃんのお友達?こうちゃんの部屋よ。しーちゃんも行ってあげるんだったわよね」
「行かねえよ」
「そうなの?まあいいけど、こうちゃんのお友達に変なこと教えないで頂戴よ」
「するわけねーだろ」
鞄を落っことしてそのまま上に向かう。
重たい足取り。
一歩一歩上に進むたびに、おそらく幸太の部屋から聞こえてきているだろう近所迷惑なボリュームの音。重低音が体にまで振動してくる。
頭いてえ。うっせえ。よし、今決めた。ぜってえ行かねえ。
トン、と最上階に足を踏み入れたと同時に幸太の部屋のドアが開いた。
隙間から見えた黒髪の短髪。
次第に顔が明らかになる。
「あ…」
爽やか野郎。あだ名決定。
あ、とだけ声を漏らした爽やか野郎。
一瞬固まったようだったが、その後すぐ何事もなかったかのように幸太の部屋のドアを閉め、部屋から出てきた。
「…やっぱ外は暑いっすね」
「そりゃあ、そうだろ」
「あ、すいません。俺幸太と部活一緒の……瀬尾博之っていいます」
「へえ、そお」
爽やか野郎はせおひろゆきというらしい。らしい名前だ。
「もしかして、仁さん?」
「もしかしなくても俺だけど」
「うわー!マジ………ははは、同じ仁って字でもジンとはやっぱ全然違いますねー」
「たりめーだろ」
小声で話していたヒロユキの声が、徐々にでかくなる。
「つーかお前なんで外出た?帰んの?じゃーな」
どうでもよくなってきた俺はヒロユキに適当に手を振って自室へ向かう。
「まっ」
手首を引っ張られて、予想外のヒロユキの行動にケツと地面がごっつんこ。
「あっ!すんません!!うっわ、マジでごめんなさい!俺そんなつもりじゃ…」
「いった…」
ケツをさすりながら起き上がると、俺より年下のくせに俺よりかなりでかいヒロユキが本当に申し訳無さそうに俺を見ていた。
「別にいーけど、何」
「や、あの…俺は便所で出てきて、あ、んなことどーでもいいんすけど、中に仁居るんで……入んないんすか?」
「めんどい」
「でも折角ですし」
「いーからお前はさっさと便所行け。俺は寝る」
うざいんだよ、と目で訴える。年下に見下ろされんのもそろそろ限界だ。
「つか、仁さん……幸太からは聞いてましたけどマジで美人っすね」
「はあ?」
「や、休み時間とかよくエロ本とか読むじゃないっすか。好みのグラビアとか指差しながら言い合うんすけど、幸太いっつも『俺の兄貴の方が美人だしそそる』って」
「…」
…や、マジできもい。鳥肌何百個立ってるかわからんくらい引いてるからな。
つかなんでいきなりそんな話?
身の危険を感じてしまう俺は被害者妄想が激しいのか?
「…便所、いけ!」
思いっきりヒロユキの股間に蹴りを入れて、足早に自分の部屋に入る。当たった感覚なかったから多分内股辺りにすかした。つか、んなことどうでもいい。
チクショウ。大して熱くもないのに汗が半端ない。冷や汗だけどな。
幸太のヤロウ。覚えていやがれ…
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