残月
第1章・永遠の恋5-2
「そうだ。だからわしは大政奉還すべく船中八策を進言したのだ」
近藤は知らない、その策が目の前の後藤ではなく坂本龍馬という男が描いた策だということを。
「そう、この八策こそが徳川をも救うのだ」
「徳川を?」
「古来よりこの国は朝廷が帝が支配していたのだ。徳川はその征夷大将軍に任命されたの過ぎないのだ。だから政はもともとの帝に返しこの国の正常なあり方に戻すのだ。そして一致団結してこの国を欧米に負けない強い国へと変えていかねばならぬのだ。その時徳川も帝を支える柱となろうぞ」
「柱?」
いつしか近藤は自分の肩に置かれた後藤の手をすがりつくように握り締めていた。
「ああそうじゃ。このまま帝に逆らい賊軍とよばれて討たれ死ぬか、それとも帝を支える柱として生きぬくのか。おんしら徳川を支えるものたちの技量が問われる瞬間なのだ」
「われらの技量・・・」
肩を落とし帰っていく近藤の後姿をほくそ笑みながら見守るのは後藤象二郎。
「さすが後藤さま、あの新撰組を手玉にとるとは」
背後からそう声をかけられ振り向く後藤の顔がゆがむ。
「岩崎、おまえを呼んだ覚えはないのだが」
「後藤さまがよばれなくともあなたさまが使った金子の請求が私をよんでおりまする」
しれっとそう言いながら岩崎弥太郎は胸の奥から数枚の請求書をとりだす。
「時に船中八策、いつから後藤さまの作ったものとなったのでありましょうか」
「聞いておったのかイヤな奴め。じゃが海援隊を組織できたのはわしの力じゃ。あやつら浪人どもが土佐を名乗れるのも然り。だから奴らの策はわしの策、郷士が上士に逆らえぬのは土佐の宿命じゃ」
後藤は岩崎の胸倉を掴みながらそう凄む。岩崎はそんな後藤に慣れていた。
もはやさからう気力さえない。
ただ心の中で俗物めとつぶやくしかなかったのだ。
そんな後藤が岩崎の昔馴染みである坂本龍馬に劣等感をいだいていることに岩崎は気づいていた。後藤は頑として否定するにちがいないだろうが。
だからこんな風に上士としての権限をかざされる時、岩崎はひそかにあの大ききな昔馴染みの顔を思い出すことにしていた。決して馴れ合うことのない昔馴染みを。
「・・・龍馬」
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