平穏最後の日(完結)
拍手御礼過去文(過去話)
「坊ー夕飯食べよかー」
「はーい」
ぴこぴことスリッパに付いている可愛らしい動物を揺らしながら遼介がやってくる。
自室で今日の復習をしていたが、まだ集中力が万全でないため夕飯の誘いは嬉しいものだった。
見た目は十五歳、来年には高校生になる遼介ではあるが、つい先日目覚めたばかりでさらには記憶を三年分すっぽりと無くしてしまったため、その顔は随分と幼く見える。
それでも今までの話すことすら出来なかった遼介を知っている神田は、自分の言葉に反応してくれるだけでくすぐったくなるのだった。
「今日は何ご飯ですか」
「今日はなんと……カレーだー!」
「やったー!」
ジャジャーンと効果音が付く程のテンションで皿を置いた神田に対し、これまた明るく遼介が答える。
ゲームなど子どもが好きなものを趣味とする神田にとっては遼介の世話は向いているのかもしれない。
両手を合わせて「いただきます」をした遼介が大きな口でもぐもぐとカレーを美味しそうに口に入れていく。
「そういえば恭兄は?」
「あー今日はもうすぐ帰る言うてたな」
「ほんとですか!」
「おん」
――おーおー顔とろけさせてかわええなぁ。
今学校に行くことが出来ない遼介の頭の中を占めるのは兄である恭介がほとんどで、こうして早く帰ることが出来る日などは少しでも話をしたいと宿題を終わらせてリビングでそわそわと待っていた。
カレーを食べ終わった遼介はそのまま宿題の続きをし、いつも通りリビングのソファに座って時計をちらちら見ながら、時々立ち上がっては座ってを繰り返している。
そのうち眠くなりうとうとしていると「ピンポーン」と小高い音が耳に入った。
がばっと体を起こした遼介が玄関まで走り抜ける。
すぐにドアの鍵に手をかけたが、そこで思い出しもう一度リビングに戻ってインターフォンの画面を確認した。
――よし、お兄ちゃんだ。
改めて玄関に行き、かちゃりを鍵を開けてゆっくりドアを開ける。
「おかえり恭兄」
「ただいま、ちゃんと相手確認してから出たか?」
「うん」と元気よく答えれば「えらいぞ」と恭介が優しく頭を撫でた。
「今日の宿題もう終わったよ」
「そうか、じゃあ飯食ったら一緒にテレビでも観よう」
「俺食事運ぶから!」
「ありがとう、手洗ってくるな」
――新婚さんか。
二人の仲睦まじい様子を見て神田は思った。
恭介は遼介の目が覚めてから殊更大事に大事にしている。
外の情報、今の自分の状況を説明しながらもなるべく家からは出さないのがいい例だろう。
これで高校にでも入った日には見張りをつけるとでも言い出すのではないかという程だ。
その予想はかなり近い形で実行されるわけであるが、さすがに今の神田は知る由も無い。
一生懸命食器を運ぶ遼介を見て神田も目を細める。
せめて、もう二度とこの子から笑顔が無くなりませんように、と。
「今日はカレーだよ!美味しかった」
「神田は一人暮らしが長すぎて料理上手くなったな」
「嫌味ですか若〜……」
恭介と神田の願いも虚しく、半年後に遼介は様々な事件と出会うこととなる。
全ては久遠との出会いから。
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