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非日常が日常です(完結)
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放課後部活に向かうはずの平田は、鞄に持って帰る物を詰めている時に机の中にこつんと手に当たるものを感じた。
そこでやっと思い出す。

「うわやべっ宿題で借りてた本返すの忘れてた」

「マジかよ明日でよくねぇ?」

すでに部活の用意を終えて待っていた大崎が文句を垂らすが、平田はそれを否定する。

「すでに返却日過ぎてんだよー」
「あーじゃあ返さないとな、司書さん怖いし」
「うん、まだ時間もあるし行くわ」
「んじゃ暇だから俺も付いてく」

何故かここの高校の司書は怖くて有名だ。
普通司書というものは物静かな本が好きな人と決まっているはずなのにどういうことだと生徒全員が思っていた。
返却を一日過ぎただけで強面の顔がさらに迫力を増して小言を言われ、それ以上過ぎるとむしろ教室までやってくる。

その様はさながら借金取りのヤクザと同等である。

それを想像した平田は一瞬ぶるりと体を震わせ、一日過ぎただけの今日なら小言だけで済むはずだと何とか足を図書室まで運んだ。


「こ、こんにちはぁー」
「こんにちは」
「あれ?」

図書室に怖々入ってみたがいつものいかついおじ……お兄さんの顔はなかった。
何故かは分からないがいないことに越したことはないとほっとする。

図書委員の生徒に「一日遅れてすみません」と言いながら返却すると二人は図書室を後にしようとする。

しかし何気なく図書室を見回したその時、ある一冊が目に留まった。

奥の棚に並んでいるやけに黒い一冊で、明らかに目立たない本であるのにと平田は首を傾げたが吸い込まれるようにそこへ歩いていく。
「おい」と小声で大崎が呼ぶのを聞きつつもその本を手に取った。

背表紙と同じく表紙も真っ黒、そこに白い文字で「退屈な日々から脱却する方法」と書かれているだけだった。
自己啓発系か日常生活を有意義に送る方法でも書かれているのかは分からないが、普段の平田であれば絶対に借りないような本である。
そもそも頻繁に借りる程本が好きなわけでもない。

それなのに気が付けば貸出に名前を書いて本を片手に図書室を出ていた。

「平田また借りたのか。今度こそ忘れないようにな」
「あ、ああ」

大崎に笑われながらそう指摘されて答えるが、どうして借りたのか本人が一番分からない。
とりあえず借りてしまったのだからパラ読みして終わらせるかと鞄に仕舞って部活へと向かっていると、こちらへ歩いてくる大柄な男が目に入った。

あれだけびくびくしていたのに図書室にいなかった司書だ。

単に席を外していたらしい司書を見て会釈をすれば、司書はこちらをちらりと一瞥するだけで図書室へ入ってしまう。

――何で司書があんな大男なんだよ。怒ってなくても愛想悪いしムカつくぜ。

それでも図書室で顔を合わせなくてラッキーだと思った。



部室へ入り部員へ挨拶をする。サッカー部の平田たちはまあまあ強い部であることもありかなり大所帯だ。
ロッカーに荷物を入れようとしているところに木下修也が声を掛けてきた。

「よっす、二人とも遅かったじゃん」
「おー修ちゃん聞いてくれよ、平田がさ」
「何々」
「うっせ、お前ら用具準備当番だろ」
「そうだった、それで大崎のことまってたんだよ。行こうぜ」
「うんいこいこ!」

大崎と木下は急ぎ足で部室を出ていく。
平田はその姿を見送り、ちえっとおもしろくなさそうに呟いた。

今大崎と出ていった木下は二人とも同じクラスのいわゆる「爽やか君」だ。男女問わず気さくに話すので好意を持っている者は少なくない。
その一方で八方美人だとやっかむ輩がいるのも事実だった。今の平田がそうだ。
大崎は木下のことが気に入っているようで、話し掛けられるとああしてしっぽを振って付いていく。そんな犬みたいな大崎も実のところあまり良くは思っていなかった。

もちろん木下も大崎も友人として好きだ、ただ少しだけ気に入らないというだけで。

もう少ししたら自分も部活に行こうと鞄を漁っているとするりと本が滑り床に音を立てて落ちた。
先ほど借りたばかりの本だ。拾って何とはなしに開いてみるが、そこには想像とは全く違う内容が記されていた。

「何だよこれ……」

衝撃の内容に信じられない気持ちが大きかったものの、タイミングの悪いことに荒んでいた平田は沸々と悪戯心が湧き上がってくるのを止めることはなかった。

「ダメでも俺に被害は無いしな」



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あきゅろす。
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