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ローヴェルの猟犬
1ー6 無機質な殺しの担い手

 俺とイサナは、小さな店と店との入り組んだ道の間で行ったり来たりを繰り返していた。もう何度も同じカーブミラーと標識を見た気がするが、気のせいであって欲しい。だがきっと気のせいではないのだろう。店の壁に並ぶ看板の数々を眺めて俺は、苦笑いと溜め息を溢して、左腕の小さな腕時計程のそれを起動。

「お前、方向音痴?」

「この辺りだった記憶があります。…というか何PDA起動してるんですかっ!?そんなに僕の記憶は頼り無いですかっ!?」

 無視して起動し、展開されたPDAのホログラム地図に幾つもの点滅、文字群。操作により左腕の手前にキーボードが表示。右手でタイプしエンター。物理的感覚が無く、あのカタンッ!と押した気持ち良い感覚が無いのが残念だ。入力した件名に検索が引っ掛かり、ホログラム表示されている地図の一点のみが点滅する。自身の居る目の前だ。横でイサナが文句を言っているが、やはり無視して口を開く。目の前の煙草屋を眺めながら。

「此所じゃないか」

「僕の予測は当たってましたね」

 俺は見付けられなければ意味が無いとの言葉を途切る。どう見ても街角の煙草屋だった。一見見付けられないというのは恐らくは仕様だろう。客寄せなどする必要がない。需要があれば検索して買う、もしくは注文するだけ。一般生活に良い意味でも悪い意味でも溶け込んでいる。そして兵器を展示して見せている訳でもなくその必要性が無いからこそ、煙草屋と何ら変わり無いのだ。奇妙な店である。というか、横に"たばこ"と看板があるのは仕様なのだろうか?
 ついでに、この店に強盗が入ったとしても無意味な構造となっている。裏情報で信憑性に欠けるが、各地に散らばる店は全て地下でレイフェル社、メギドアームズ社その他の企業と直接繋がっており、此所で頼んでから企業側から地下経由で高速輸送され、渡されるという仕組みだと言われている。店員を脅して注文するにも、輸送するにも金が振り込まれたのを確認する必要がある為に企業側は動こうとしない。全くの無意味である。

「そう言えばロッド君、何を買えって言われてるの?」

 相手の言葉に視線を胸ポケットに傾けて、メモを取り出す。

「コイツに書いてあるな。大抵は昨日と一昨日に使ったカトラスのシリンダと……それと、イサナ。もう一つのカトラスが昨日壊れてたって言ってたよな?この際だから買っておけば?」

「じゃあ、そうしますか。あっちで頼んでアパートに届けるような送料も此所じゃ負担されませんしね」

 大型兵器も全て、カトラス兵器化する事で輸送し易くなった事も、この方針に至った経歴に含まれるだろう。カトラス兵器……ホログラムで描いた物に質量と性質を持たせるそれは魔法でもなくオーバーテクノロジーでもなく化学の延長線上。赤い枠を作りその内部のみに複雑なデータを具現化。座標通りに各々のパーツが生み出され組み合わされる。鉄、プラスチック、シリコン、俺達には得体も知れない超合金。使用するシリンダも化学の教科書に書いていない様な非公式なモノばかりで、使用者はその科学物質を扱う事で吸引し蓄積し死ぬか、勝手に殺されて死ぬかの二択だと言われている。確かめる術がないからこそ噂に過ぎないと信じたい。使い続けてるクロストで証明しようとしても、実験体が不安定&意味不明過ぎる為に信憑性にはやはり欠ける。
 最終的に、一般人でなくともその業界の者にしか解らない超超高度近未来技術という物はオーバーテクノロジーに分類して良いのだろうと俺の頭で勝手に解釈。恐らくはこの世界の九割は賛成、一割の変態技術者達はこれを常識と見ているから反対であろう。本当に科学や化学の延長線上であるかすら疑問視され、錬金術、魔術が使われているという事が本当に信じられているというのが現状だ。それにしてはあまりにも無機物的で、有限であまりにも飛び抜けた空想は描けない、天井の確立されたものであるのが事実だ。

 イサナが俺からメモを摘まみ取りその店の前に立てば、ガラスに小さな穴が円形に空いた窓口の様なそれの目の前に小さな正方形のホログラムが展開。そしてそこに幾つかの企業のロゴが左上から順に表示される。迷わずイサナがホログラムのレイフェル社のロゴに触れ、画面が次に進み様々な項目に別れる。
 店主が対応しない訳ではないが、項目選択、注文に関してはホログラムに入力していけば良いだけの為に、受け渡しの時にしか現れないのだ。現に、今も居ないが…きっと奥に居るのだろう。武器の出口を完全に無人体制には出来ないのだ。

 そのガラスの奥の閉まっているシャッター、正確にはそこに映るイサナ自身を眺めながら彼は顎に手を当てて思考。

「えっと。前回のでロッド君の使用した、バルグロスのシリンダの数が合いませんね。補給と余分に持つ分が……と。やはり面倒ですね。こういうのは全てレインさんに任せたい所なのですが……聞いてます?ロッド君」

「愚痴は耳に入らないバリアを張ってみた。だからイサナが何を言ってるのか解らないし聞こえない。あーあー」

「意味不明な事を言わないで下さい。抗議した所で、いつ誰が死ぬか解らないから誰でも誰かを補えるようにと憶えさせようとしていると言われるだけですが」

 イサナは淡々とメモを見ながらホログラム画面の購入項目にチェックを入れていく。レイフェル社の市販の中では最高級である、神の方舟すら堕とす"ファルアーク系統"にチェックを入れたのを目撃して俺は歩み寄り、彼の肩に手を掛けて相手と視線が合えば、静かに首を左右に振る。

「駄目ですか?」

「俺達の腎臓の片方とオサラバする事になるから止めろ」

 尾と頭を項垂れさせるイサナ。俺は人差し指でそのチェック項目を外してキャンセル。もう大丈夫だろうと離れて、標識の白い棒に背を預けて腕を組む。
 引き続き眺めて……否、監視をしているとイサナのその手が止まった。尾が左右に揺れている事から、またろくでもない物を……と思いながら再度近付く。

「今度は何を見付けたんだ?また楽しい破壊玩具でもあったのか?」

 そして俺が目を細めながら画面を覗き込む。

「ギレイア幻想器工房から新作が出てます。買って良いですか?」

「お前それ、俺が許可出すと思って訊いてる?」

 ギレイアと言えば、ジャンク品でもビルが一軒建つ程のお値段の兵器だ。こんなものの新作というだけで天に手を伸ばそうという話。それも、幼子の手をだ。お金さえ払えれば普通に注文して手に入るものだが、誰も注文出来ない為に御目に掛かる事が無いのだ。買ったら凄い、という領域。

「これ凄いですよ。刃に熱を伝導させるとか、突き刺して内部破壊とかの類いじゃなく……エネルギーの刃を形成し──」

「──エスエフかよ?というか、聞く限り燃費が最悪な気がするんだが。見返りは大きいんだろうな?」

「いえ、一時間起動しっ放しでもバルグロスより低いです。出力変化させる事で何十メートルまで距離を伸ばせる準戦略兵器級業物で、リミッターが取り付けら、」

「もういい。……もういい……。どうせ俺達には手の届かない品なんだ。そんなの聞きたくない」

 より憂鬱になる俺へと、オーダーメイドの特注品である意味世界に一つしかないバルグロスを100個程売れば買えると言ってくれたイサナ。お前の黄褐色の体毛を全て苅りたくなってきた。メモの項目とホログラムを照らし合わせ終わり、一番右下へと指を滑らしエンター。全てイサナのPDA端末で支払われ手続きが終了し、あとは此所に輸送されるのを待つだけだ。
 と……そこで、思い出した様に声を上げる彼に横目を向ける。

「買う方法は無い訳ではない。僕達が殺されるだろうけど。……クロストさんの、グラドニカルを売るという方法が」

「……あれって……高いのか?……というか」

 知らなかったが、高いという問題以前……というか、ギレイアに、届く程高額なのか?

「あれは、クロストさんがレイフェル社から与えられた……アルケオスから街を守る為に本格的に造られたリミッターの一つも無い、犯罪対策の一つも無い兵器です。シリンダは市販のを使いますが、量と種類が常識的な範囲ではありません。……確かにギレイアは性能も良く量産も可能ですが、制限が掛かってますし。そういう意味では、ですね。本人の実力もあるので、鬼に金棒という言葉が合いますか」

 俺は不信の目をイサナへと向ける。それなら俺達のサポートも要らないだろうし、一人で戦えば良いだけだ。別に俺達と共に戦わずに全ての賞金を独り占めすれば良いのだろうが……理解できなかった。

「何で俺達となんか一緒に居るんだよ。馬鹿じゃないか、大金を俺達にタダでばら蒔く様な事をアイツはしてるんだ。……信じられないな」

「──だがそれは事実ぢゃ。」

 突然至近距離で響いた老人の声にイサナが驚いて飛び退き踵を地面に引っ掻けて尻餅を着いて転ぶ。俺は驚愕の表情でその声の方向を振り向いた。
 そこにあったのは、イサナが入力していたホログラム……と、それに透かした奥。煙草屋そのままの店の奥に老人。灰色の長毛で今は目すら覆われ相手の顔が鮮明に見えないが、その姿からイリーシュウルフハウンドと判明。かなり遠くのイリルランド島共和制国の種族であるが、軍事活動の為にローヴェルではこの種族を大量に採用したと聞いた。あまり詳しくはないが、視覚猟犬として隣国との大規模な白兵戦争では先陣で活躍したと聞く。他にも俺の知る限りでの中で言えば、生ける英雄のサルーキ種、"爆撃師"アポカリプスと……アフィゲンハウンド種、異名は"殺戮の刃"と"ナルシスト"のジーシア辺りが猟に特化した視覚猟犬として有名だろう。そこに嗅覚猟犬のブラッドハウンドが大勢追加されていたのだから、白兵戦ではこの国は無類の強さを誇っていた。猫族があまりにも空気過ぎる戦争だった記憶がある。

 無駄な思考から抜けて、俺はイサナを尻目にその老人へと問い掛ける。

「何を知ってるんだ?あんたは。盗み聞きとは趣味が悪いな」

 その煙草屋の店主らしき犬獣人は圧し殺した笑いを吐けば頷く。目が体毛で覆われ見えないが、それでも俺を確りと捉えた、気がした。

「……そりゃあ儂も知ってるさ。あの男が何を成したのか……そして何の為にこの国に居るのか。何故あの武器を託されたか。お主らは、彼の言う同胞なる者達であろう?」

「……同、胞?」

 相手の言葉に戸惑いがちに答えたのは、尻餅を着いたままのイサナ。ニット帽をずり上げて問う。彼とはクロストの事であろう。

「そう。同胞。彼はこの国の者となった。誤りを受け入れ、そしてこの国を助けようとしている。そしてこの国の者と手を取り、力を与えるのではなく教え、正しき道を指し示す。あやつは、儂にそう言っていたよ。故に儂はグラドニカルを手渡した」

 話を長々と聞いていた俺は、所々疑問に思う所も思い知らされる所もあり……そして最後にはもう一度驚いた表情を見せていた。目の前の老人が、その手で武器を与えたのだと。
 誤りとは何か、この国をどんな理由から助けるのか……そして、俺達と共に戦っている理由。相手の言葉は興味深いものだらけだった。

「儂は、昔は良い役所に着いていたのだがのぅ。今は、若い者に追い出されこの様だ。……しかし彼の活躍は今でも耳に入る」

 だが、

「……はっ、アイツが何の為に戦おうが永久に終わらなかろうが俺には関係無いな」

 過去というものは興味深いが、知って何になる。全ては現実、ただ殺して生きるという無限しか存在しない。何かを踏み台にして生き残って、弱い者は死ぬ。所詮、人助けなんて綺麗事は仕事の過程でしかない。金稼ぎの行いの過程でしか。勝手に敵が殺されて、弱い者達が喜んでいるだけだ。俺はその現実を身を以て知っている。
 俺達が駆け付けた頃には、既に何人も死んでいる。数を減らす事は出来ても、死を免れる事は出来ない。

 この国を助ける?虫酸が走る。他人の想いに俺は干渉しない。同業者というだけだ。勿論、イサナも例外ではない。全て、俺が生きる為に触れているに過ぎない。

「俺はあの化け物が憎い。この世から消し去らない限り俺は俺の痛みから解放されない。……平和なんて二の次だ……どうせ誰かしらは死ぬんだからな」

「ロッド君っ!」

 イサナが俺に詰め寄るが拒絶する様に背を向ける。

「違わねぇよ、何も。……後は宜しく。俺は、此所に来た目的の場所に行く」

 軽く片手上げて挨拶とし、見向きもせずに俺は歩き出した。
 つくづく、俺の居場所は存在しない事を実感させられる。というより、自身で壊している事は自覚しているのだが。それでも、そうでしか生きれないのだ。生きる目的が歪な、壊れた者には、この程度の方が。

 後ろから、視線が突き刺さるのを感じながら俺は角を曲がった。










 ロッド君の背を見送る僕は、言葉を掛ける事が出来なかった。彼を知らないから、何故戦っているかも解らなかったが、救えぬ眼差しを見てしまった。だから、声は出せずに立ち止まってしまった。
 彼にとって、僕達はただの人で……仲間というものではないのだろうか。

 そも、彼の目には、人は映っているのだろうか。

「そういえば……そこの君……。同業者に気を付けるのぢゃぞ?」

「え?あ、はい。……何を、ですか?」

「君達が来るほんの少し前に、ギレイアの新作が六本買われたのぢゃ」

 僕は、引き吊った苦笑いを顔に張り付けていた。


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あきゅろす。
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