三つに重なり合う運命の道01

「これは……」

クレスの肩に止まっていたブラックウィンドは、その光景に目を奪われた。
森と森の隙間にある、この広間には丁度満月の光が照りつけている。
昼間ほどではないが、今目の前に広がっている状況を、烏の姿をしたブラックウィンドが認識できる程には明るさがあった。

そんな中、ブラックウィンドは衝撃的なその光景から目が離せなかった。
いい意味ではない。
そこに見える範囲では、一人の盗賊ギルド風の男と、その周りに散雑している十人ほどの盗賊ギルド員達の亡骸だったからだ。

そのいずれもが、たった一撃で葬られているのが分かる。
どの亡骸にも傷が少ない。
傷の少なさに反比例して、そのいずれもが多量の出血を見せている。
狙った箇所は、例外なく大動脈。
ただそんな亡骸の中、ひとつだけ違ったものがある。
それは誰のものか。
大柄な男は、その脇腹から血を流してはいたが、多量の出血というものを見受けることが出来なかった。
ブラックウィンドに考え得る死因はふたつ。
一つは何らかの毒薬が、乱雑に円を描く中心にただ一人立っている男の刀身に塗られている可能性。
もう一つの可能性は、浅いながらも内臓を的確に貫いたか、だ。

だが、もし前者にしても死に方が普通ではない。
その男は前のめりになって倒れているが、周りの雑草の感じからしてゆっくりと倒れているように見える。
大柄な男は派手に倒れた場合、もっと大きなしなれが雑草にあっておかしくない。
もし、内臓を貫かれたにしても、死への時間が短すぎるのも気になった。
自分が致死量の傷を負って冷静でいられる人間など、いない。
なのに、死への恐怖から逃れようと足掻いた形跡がない。
周りに大きな喧噪の後が見られるが、それは傷を負う前に出来たものだろう。
致死量の怪我を負って、あれだけの跡が地面に残る筈がないのだ。

(この男……たった一人で!)

ブラックウィンドの心に戦慄の炎が燃え上がった。
もし、自分がまだ人間であったとしても、十人近くもいるギルド員を相手に全て倒せるとは思えない。
それに、場に残されている雰囲気。
この荒れた土の状況から見た感じ、これ以上、いや少なくとも倍近くの人数と闘っていたようだ。
しかも時間もそうは経っていないだろう。
並大抵の力ではとても生き残れはしない。
盗賊ギルドは一般的に、戦闘員を育成・養成する組織ではない。
戦闘員の育成・養成はむしろ彼らとライバル的関係にある魔術師ギルドの方が長けている。
なら、盗賊風の服装に身を包んでいる男は一体何者なのか。
しかも、彼は無傷だ。
ただひとつの傷すらも、その身には負っていない。

「君が……やったんだね?」

クレスは臆することなく男に尋ねる。
いくら感情に乏しいとはいえ、今目の当たりにしている惨状が目に入っていないわけではないだろう。
ブラックウィンドには到底理解できる行動ではない。
感情が殻に閉じこもっている時のクレスなら、その問いかけの意味も分かる。
その行動にも理解を示す事は出来る。
そのクレスは、まだ幼少の少年の心を大きく残しているのだから。
だが、感情が殻から飛び出してなおこのような行動に出るということは、短くない時間を共に過ごしてきたブラックウィンドの目にも不可解に映るものだ。
感情を表に出している時のクレスは苛立ちの感情が強いのは知っていたが、ここまで敵意をむき出しにするほどではなかった。
そう、今のクレスは目の前の男に敵意を抱いていた。

「…………」

男は何も言わずにクレスを見る。
両手にはいつの間にかミドルソードが握られていた。

(気がつかなかった!)

ブラックウィンドでさえも、彼の手に握られた瞬間を感知できなかった。
クレスには尚更だろう。
だが、クレスはその得物に意味を見出せていない。
見ているのはその男の瞳。
その瞳にまだ殺気は感じない。
もし、殺気を感じていたならばミドルソードを取り出した瞬間にも気がついたのだろうが。
男に敵意を抱きつつも、その正体に対する不安を消し去る事が出来ていないのだ。

「なんで殺したの?」

おかしな質問。
そして、無邪気な質問。
男……つまりディット・バーンはそう感じた。
普通とは違う何かが、この少年の心には宿っている。
ディットはそう思った。
この状況において、この質問をしてくる意図は?
ディット・バーンはその少年に興味を持つ。
よく見れば見るほどおかしな風貌をした少年だった。
足元にまで届きそうなほど長いローブ。
中の方に更に着物をつけているようだが、中の着物の裾が短い感じになっている。これはこの着物の元々の寸法なのだろう。
走る回るには一見不利に見えるが、動くと上に着ているローブが揺らめいてさほど苦にならず動け回れそうだ。

そして彼が肩から掛けている多少大きめのバッグには剣が差してあると思われるが、鮮やかな細飾の施された柄のようなものが見え隠れしている。
長さから見てハーフソードと見て間違いないだろう。
片手で扱うことも出来、両手で威力を伝えることも出来る俊敏さを売りにしている戦士向けの剣だ。
だがその装飾からして、それがただのハーフソードとは思えない。
なんらかの魔力、それも微々たるものではなく、それなりに名のある名剣であるのは間違いのないところ。
そして、長い耳。

(ハーフエルフか……?)

人間と呼ぶには線が細すぎる。
とはいえエルフと呼ぶには身長が高い。
ディット・バーンはエルフと一、二度ギルドの集会であったことがあるだけだが、それでもあの特徴あるスタイル等は忘れるはずがない。
だとしたら、彼はハーフエルフに間違いないはずだ。
そして、一番驚きなのが彼の肩に何ら違和感なく乗っている烏だ。
えてして烏というものは人になつかない生き物のはずだが、なぜか彼と烏のマッチングには、一寸の狂いもないくらい、そうあるのが当然に思えた。
その時クレスの肩に乗っていた烏。
つまりブラックウィンドも彼の正体を掴みつつあった。

(あのミドルソード……見覚えがある。確か……)

しかし、ブラックウィンドが自分の記憶を洗う前に、すでにクレスが動いていた。
「なんで殺す必要があったの?そこに刃は本当に必要だったの?」
クレスの手は剣の柄にかけられている。

「………………」

ディット・バーンもそれを確認してから、一度ミドルソードを鞘に納める。
鞘に得物を納める代わりに、今度は少量の殺気を全身に纏わせる。
その意味はディット・バーンにしか分からない。

「きゃっ!なにこれ!」

その時二人の耳に、年若いと思われる女の声が聞こえた。
恐らく辺りに無惨にも放置されっぱなしのギルド員たちの亡骸をみたのだろう。
しかしその女の声が聞こえても対峙する二人の視線がずれることはない。

「殺すということはそんなにも易しいものじゃない」

おかしな言い回し。

「ほう……どういう意味だ?」

ディット・バーンはほんの少しだけ殺気を抜く。
殺気を抜くと言うよりも毒を消されたと言う表現の方が正しいのかも知れない。

「人を壊すのはそんなに易しいものじゃないんだよ。君はそうは思わないかも知れない。僕は確かに君の事なんて知らないし、君だって僕の事を知ってはいない」

クレスはそこまでを一気に喋った後、少しだけ沈黙した。
ディット・バーンは何も応えずに先を促す。

「だけど僕は君のその佇まいに優しさというものを見つけられない。恨みや憤りといった感情すら見つけられない。憎悪や怒りといった感情すらも見つけられないんだよ。だったらそこにあるのはなに?ただの悦楽?」

その言葉にはさすがのディット・バーンも少し頭に来るものがあったのだろう。
先ほど抜かれた筈の毒、つまり殺気がわずかにだが回復していた。

「訳も知らずに知った口を利くものじゃない」

クレスもその言葉に先を感じたのだろう。
ディット・バーンの死角になるところで、指を自分のハーフソードの柄にかける。

「これは俺にとって全てだ。貴様が言ったとおり、貴様に俺の事は何も分からない。俺も貴様の事など何も知りはしない」

ディット・バーンはそう言うと、今一度クレスの目を睨む。

「事情を知らない人間が、人に口を挟むものじゃないと習わなかったのか?」

だがその視線にさえクレスが怯まない。

「それは僕の求めている答えではないだろう?僕は君の見た目から見出せないでいる、その感情を尋ねているんだよ」

ディット・バーンはついつい口から笑みが漏れたのを感じる。
なんて愉快なやり取りだろうか。
人を殺すのを簡単だと感じるようになった頃から、こんな感情は忘れていたかも知れない。

「感情か……それを知って貴様はどうするつもりなんだ?」

クレスはその言葉に僅かな同様を見せた。

「どうする……つもり?」

「そうだ。俺の感情を知ってどうする?そこに慈愛があったとしたらどうする?そこに語ることの出来ない憎悪があったらどうする?そこにただの殺人鬼としての悦楽があったとしたら、どうするんだ?」

クレスは頭の中がグルグルすると感じていた。
確かにそれを聞いて自分がどうしたかったのか?

「さぁ、俺を納得させてみろ。そこにあった感情を、貴様が知った時、では今度は貴様が俺にどういった感情を向ける?それは慈愛か?恨みや憤りか?それとも憎悪や怒りか?貴様は俺にどういった感情を抱く、そしてどういった行動を取る?」

ディット・バーンはただその答えを求めた。
それは決して、この歳よりも幼く見える青年を圧倒し追い詰めたいという理由からではない。
ただ、この愉快なやり取りの結末を知りたかった。
クレスは思う。
僕は彼に"なに"を伝えたかったのか?
僕は彼に"ナニ"をしたかったのか?

「僕は……」

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