ディット・バーン01

アビエンヌ街道がある。
そこには五を超える、村や町があった。
その一つに、アースロッドという名の、農業で知られる町があった。
アビエンヌ街道の周りを覆うようにして散らばっている村や町、つまりビエンヌ地方の農業関係のことにおいて、このアースロッドは中心地といってもいいだろう。
そのアースロッドには、大きな農協組合がある。
そこには、このアビエンヌ地方で採れた様々な作物が集まっている。
野菜・果物・穀類といった、言葉どおり様々な種類が集まってくるのだ。

そんなアースロッドの、農協組合から大通りへ出る、ほんの二百メートルほどの路地で、ささやかな攻防が行なわれていた。

「てめぇには関係ねぇんじゃねぇのか?」

頭髪の薄くなった、年齢で言うと四十をいくらか過ぎた頃の男が、そう言いながら腰に差していたナイフに手をやる。
その男の後ろには、もう一人背の高い男が立っていた。

「雑魚には用はない。怪我をしたくなかったら、とっとと失せろ」

その二人に対峙していた男は、そう冷たく言い放った。
その男の容貌は、対峙している二人の男と似ているものだった。

ボサボサの髪の上からバンダナを巻き、薄汚れた長ズボンを履いている。ブーツは騎士のように金属で造られた膝までを覆うものでははなく、皮製で脛の中程までしかない。上着も特徴的なもので、薄手の暗い生地を使ったシャツの上から、これまた暗い色調のベストを羽織っていた。
これはこの大陸に住む人間ならば、即座に彼が盗賊ギルドに籍を置く人間だと言うことを理解するだろう。
対峙している二人もその格好から同じく、盗賊ギルドに籍を置くものだという事が分かる。

ただ、頭髪の薄くなったギルド員を雑魚と描写したその彼が二人と違うのは、やや痩せこけた表情をしており、左頬に十字にえぐられた傷痕があるというとだろうか。

この盗賊の名は、ディット・バーンという。
このアビエンヌ地方の盗賊ギルドではなく、まだ王都サイドイーリスよりも、あちら側にある地方のギルドに籍を置いている。

「雑魚だとぉ!おい、こいつは俺に殺やらせろ!」

そう言うと頭髪の薄くなったギルド員は、ナイフを腰の鞘から抜き取った。

「かまわないが……こんな真夜中に地方を一人でうろついている人間だ。油断だけはするんじゃねぇぞ、レイズ」

背の高い男は、そう言って苦笑する。

「雑魚はいらないと言ってるだろう。くるなら、そこの。お前が来い」

ディットはそう背の高い男を挑発する。
だが。

「俺は雑魚じゃねぇ!」

そう言ってレイズと呼ばれたギルド員は、手にしたナイフを構えながらディットが向かって突進して行った。

「……芸のない」

そうつまらなそうに言い放ったディットの拳が、突っ込んできたレイズの突進をかわすと同時に、そのレイズのわき腹にクリーンヒットする。

「がっ……ぁ?」

そのしなやかに流れたカウンターを目の当たりにし、背の高い男の表情に緊張が走った。
そのわき腹への拳、ただそれだけでレイズが重症を負ったというのが分かる。
そのわき腹付近の骨は確実に砕かれているはずだ。
もはや数日の間立ち上がる事すら不可能だろう。
それどころか骨の修復具合によっては、例え動けるようになったとしても、ギルドに戻ってくる事は出来ないかも知れない。

「だから来るなと言っただろう」

ディットはそう言うと、足元に体を九の字に曲げて転がるレイズをまたいで、背の高い男の方へ歩み寄る。

「なんだよ……てめぇには関係ないことだろうが!」

先ほどレイズが言った台詞を、もう一度その男が言う。
しかし、それでもディットの歩みは止まらない。

「くそがぁ!」

逃げることが出来ないと感じたのか、背の高い男もレイズと同様腰に差していたナイフを構える。

「……俺としては、こいつを連れてこの場から離れさえすれば構わないんだがな。それでも俺と一戦交えたいというならば、加減はしないが」

ディットは腰に差した得物を抜こうともせず、そう告げる。

「くっ……あんただってギルドの人間だろうが……!仲間を邪魔するような真似をしていいと思っているのか!?」

そう言いながら背の高いギルド員は、今一度ナイフを構えなおした。

「いてぇよぉ……トッポ……助けてくれ……」

その時ディットによってわき腹を砕かれたレイズが、背の高い男の名を明かす。

「ちっ……」

トッポはそう舌打ちをした。
強い敵と対峙する今、名前を知られると言うのは不利でしかない。
相手がもしも、強い魔力を持った魔術師ならば、その名前ひとつでこちらの意志をどうにでも操る事すらも出来るからだ。
それが例え通り名であっても。
対峙している相手は、自分たちと同じく盗賊ギルドの人間だ。
魔術を使えるとは思わないが、気を付けるに越したことはない。

「勘違いするな。俺はギルドには従う。だがな、お前らのように、堅気の人間に手を出すことは、ギルドのほうでも認可されていないはずだ。それともこの地域だけ許されているとでもいうのか?」

ディットのその言葉に、トッポと呼ばれる男は憎々しげにディットを睨んだ。

「長さえいれば、てめぇなんぞに遅れを取らないもにを……!」

「そこで寝ている男と同じ目に遭いたくなかったら、そいつを連れてさっさと失せろ」

ディットが再度そう言うと、トッポと呼ばれる男は、まだ起き上がれないでいる、もう一方の男を背負うと、音も立てずに駆けて行った。

「ありがとうございました。おかげで……」

ディットに声をかけたのは、どこにでもいるような中年の男だった。
その胸には大事そうに鞄が抱えられている。
トッポとレイズは、この鞄を奪おうとしているところに、ディットと出くわしたのだ。
だが、その中年の男が礼を述べ終える前に、ディットは歩き始めていた。
その行動は、その中年の男の姿が見えてなかったと思えるくらいだ。それだけ、先ほどのギルド員との戦闘に集中していたという事なのだろう。

「ま、待ってください!なにか……何かお礼をさせて下さい!あなたのおかげで、私は一万エッタもの大金を失わずに済んだんだ!」

その声に、ディットはさも面白くなさげに振り向いた。

「俺は別に、あんたを助けたわけじゃない」

そう言って、またディットは歩き始めた。

「しかし!」

中年の男は諦めなかった。
一万エッタ。
家族五人が、普通に暮らしたならば、優に三ヶ月は暮らしていけるだけの金額だ。
この秋の終わり口から、作物が取れなくなる今、これだけの金額を失うことは家族を失うも同然の事だ。
ディットに対して、必死に礼を尽くしたいと思うのも、当然のことだろう。

「じゃあ聞く。あんたは俺に何をしてくれるというのだ?」

ぶっきらぼうな言い方だ。
その人を射抜くような鋭い視線は、先ほどの戦闘から全く変化が見られない。
それでも。
この中年の人の良さそうな男は、嬉しそうな表情を浮かべた。

「うちに来てください!そりゃ……たいしたもてなしは出来ないかもしれませんが。それでも、盗賊ギルドに入っている人でもいい人はいるんだってことを、家族に教えてやりたいんです!」

だが、ディットは顔色一つ変えることなく、その男をジッと睨み付ける。
盗賊ギルドに入っている人でもいい人はいるんだってことを……ね。
そして、一瞬何かを考える素振りを見せた後、男に言う。

「いいだろう。しかし、俺は宿も探さねばならん。早めに切り上げさせてもらう」

ディットのその言葉に、中年の男は嬉しそうにディットの手を握手を求めてきた。
それを一瞥したディット・バーンは、少し考えた様子を見せたが、さも面倒くさそうに、その手に握手を返す。
その中年の男の家に行く道すがら。

「私は、ユーロス・ディマッカと言います。一応、この辺の農協組合の幹部を勤めさせてもらってるんですが、最近盗賊ギルドの若い連中が、先ほどのように私どもを襲ってくるようになったんです」

ユーロスは言った。

「俺があんたの家に寄らせてもらおうと思ったのは、ここの盗賊ギルドについて聞かせてもらおうと思ったからだ。俺が欲しい情報はあんたの家に行ってから聞かせてもらう。今余計なことを話すつもりはない」

ディットは顔も向けずに、ユーロスに言った。
その言葉にユーロスは、首を縦に小さく振るだけで返事をする。


ディット・バーン02へ


トップページ


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!