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短編集
ポチの新年最初の祈り
お腹空いたな。帰ってくるのが遅いんだよ、あいつらは。

犬小屋の奥で寒さをしのぎながら、柴犬のポチが嘆く。鉄の鎖に繋がれた身では1メートル先まで歩くことさえ許されない。飼い主たちは家族全員でどこかへ出かけてしまったから、家の戸が全て閉まり閑散とている。昼になっても帰ってくる者はおらず、ポチは悪さをした覚えはないのに昼飯抜きの刑をくらっていた。

ポチは退屈な昼を小屋のなかで丸まって過ごし、冬の寒さが強まる夕方には小屋の外に出て健気に食事の時間をまったが、ついに日が暮れるまで誰も帰ってこなかった。ポチはふてくされて小屋に閉じこもった。

夜七時半、庭の駐車場に我が家の車が帰宅した。飼い主たちが車からおり急に騒がしくなる。小屋の脇を聞き馴染んだ声と足音が通過する。ポチの鼻は飼い主たちが持ち帰ったご馳走の匂いを嗅ぎ分けていた。人間たちだけいつもいいおもいをしてずるい。ポチは泣きたくなる想いで飼い主たちを無視した。

暖房を求め人間たちは足早に家のなかへ消えていく。
ポチは空気がさっきよりも確実に冷たくなったのを肌で感じた。


冬の夜の静寂にポチが浸っていると、ポチの耳に待ちに待った音が響きわたった。
ガラガラ。家の玄関がそっと開く。
すねていたのも忘れてポチは小屋の外へ飛び出した。
いつもと同じ赤、橙、茶の三色ドッグフードを両手に持った飼い主が一歩一歩近づいてくる。
ポチはまちきれず、シッポを激しく横に振った。
ポチの輝いた顔をみて、飼い主は声をあげて笑う。
「まて。だよ」
ポチの胃袋はもう限界を越えているというのに、無情にも飼い主は「まて」を要求する。ポチはエサ皿に入れられた三色ドッグフードをじっと見つめる。
「いいよ」
ポチは飼い主の合図を聞いた瞬間、皿に飛び込む。
ポチの胃袋が運動を始めた。

もうどこにもいなかないでね。
初詣とかいう行事のせいで散々な目にあわされてしまったポチは、どこかの世界にきっといるであろう神様ではなく、小屋のわきで腰を曲げて笑う飼い主に向かってそっと願う。ポチの新年最初の祈りだった。

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