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短編集
初日の出へ向かう道で
太郎は森の奥深くにある洞穴で冬眠をしていた。時刻は真夜中四時。冷たい風が木々を揺らし、不気味な音が響く。
街はいつにもまして賑やかさをみせる。森の奥にも人間たちの騒音が届く。
「今日はやけにうるさいな。年が変わったな」
太郎は繊細なクマだった。寝返りを打ち、耳を塞ぐと再び目を閉じた。

「きゃー。だれかたすけてー。」
洞穴の外から人間の叫び声があがった。太郎は知らないふりをした。太郎はどうしようもないくらい寒がりなクマだったからだ。道に迷った人間がクマだかクモだかを見つけたんだろう。太郎は適当に想像を巡らせて眠りに戻った。

「もうやあねえ」
さっきよりも声が近づく。
「くものすが、かみにからんで、とれないじゃない」
声の主はすぐそばだ。10メートルも離れていないだろう。
「あらあ、こんなところに、ほらあながある」
好奇心旺盛な女の子が洞穴へ足を踏み入れる。太郎は悲鳴があがるのを覚悟した。

「ああ、くまさん、かわいい」
幼い少女が太郎の横に座った。
「ねえ、くまさん、こっちむいてえ」
太郎は寝たふりをした。なにかが起こる前に早く洞穴から出ていってくれ。繊細な太郎はひどくおびえていた。
「もう。ねたふりしてるわね」
少女はそういうと太郎の腹をくすぐった。

「にゃー」
繊細な太郎は我慢ができず、声をもらした。
「あらあ、あなたは、ねこのようになくのね」
興奮した少女は目を輝かせて太郎を見つめる。

太郎は洞穴の外をみた。夜の冷気で地面が冷やされ、木の葉が震えている。太郎は寒さが大の苦手で、五月になってもまだ冬眠しているようなクマだった。
だが、仕方がない。
太郎はのそのそと少女の脇を通り、洞穴の外に出た。
「にゃー」
と太郎は一声鳴く。
「ああ、くまさん、にげないでよお」
少女は太郎を追いかける。
太郎はクマなのにネコのようにしか鳴けない自分の喉が大嫌いだった。クマ仲間に喉をバカにされてばかりいたから、太郎はいつからか鳴かないクマになっていた。鳴くのがあまりにも久しぶりで、太郎は鳴き方を覚えていたことに驚いていた。
「まあってよお」
少女は小さな足を動かして必死に走る。太郎は少女が追いつくのを待って、また歩き出した。
「ねえ、くまさん、またさっきみたいにないて」
少女が話しかけてくる。
「おねがい。わたし、くまさんのこえ、すき」
幼い女の子はみんなこうもずっと口を動かしているものなのだろうか。太郎は歩き続ける。
「やっぱり、くまさんって、とってもやさしいのね」
女の子は太郎においていかれないように小走りでついてくる。
「くまさん、きょうから、わたしとあなたは、ともだちよ」
友達かぁ。太郎は久しぶりに聞いた友達という言葉を懐かしく感じた。

「まぁ、あんた、森の中にいたの!」
少女の母親らしき人物が遠くから叫んだ。
太郎は急いで大木の陰に身を隠した。
「もう、どれだけ心配したと思ってるの」
母親はそう言って少女を抱きしめた。
母親の心配をよそに少女は目を輝かせて冒険談を語りはじめる。
「あのね、わたし、くまさんにあったの」
母親は少女の肩に手をかけ、激しくゆらした。
「あなた大丈夫だったの。一体どこにいってたのよ」
母親は泣きそうな顔で少女の笑顔を見つめる。
「ほらあなよ。やさしくて、かっこいい、くまさんが、ここまでつれてきてくれたの」
母親は少女の言葉を呑み込むのにしばらく時間がかかったようだが、やがてまた森に声を響かせた。

どうやらこの親子は初日の出を拝みにいく途中ではぐれ、迷子になってしまったようだった。
太郎はゆっくりと洞穴へ帰っていく。

友達。

太郎は久しぶりに聞いたその言葉をかみしめていた。

「にゃー」
静かな森のなかで、そっと鳴いてみる。
前よりもさらに甘えた感じのするかわいらしい鳴き声になっていて、太郎は少しショックを受けた。

森の中が淡いオレンジ色に染まる。あたらしい陽が昇ったようだ。

太郎は洞穴に戻り、冬眠に入った。
もう寒さは気にならなかった。

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あきゅろす。
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