物語は、終わらない



蜘蛛の待つ森とリンクしています。










出会いは、最悪だったと記憶している。
ぐっすりと眠っている所を爆音に邪魔されて、寝床から顔を出せば、好き勝手に暴れている男が居たんだ。最悪だろう?

せっかく美味しいモノを食べて、満足していたというのに。
ポケットに入っていたキャンディを噛み砕きながら、俺は気だるさを隠す事無く招かざる客の前に立った。ああ、口の中が甘ったるい。でも、これを落とした子の悲鳴は中々良かった。特に、断末魔は最高だ。絶望と、憎悪と、そして畏怖のどれもが俺だけに向けられていてゾクゾクした。もう顔すら覚えていない"食事"だけど、あの声だけは、まだ当分覚えていられそうだ。

「何の用?」

思っていたよりも不機嫌な声になる。
しかし、それも構わないだろう。こちらは家を破壊され、そして目前の彼はもうすぐ俺の"夜食"になる。すぐに忘れてしまう存在に、愛想を振りまく必要など何処にも無い。

「あ?何言ってんだテメェ。お前を退治しに来たに決まってるだろ?」

目前の男は、殺意にギラつく瞳をサングラスで隠していた。
言葉だけ聞けば、一晩で半数の村人を殺した"バケモノ"を退治する正義感に溢れた青年に見えない事もない。けれど俺には分かる。粉々にされたドア。見るも無残な破壊の爪跡を有する室内。そして、俺を見る――嬉しそうに細められた殺意の目。彼は、生まれながらのハンターだ。それも報酬の為では無く、欲望の為に狩りをする性質の悪いハンター。

一見細身と言ってもいい男が、どうやってここまでの破壊を行ったのか、気にならなくはなかった。けれど、それを言うなら俺の方が彼よりも細い。が、それに反した力を持っている。純粋な力のパラメーターだけでなく、魔力も、経験も、俺の方が上なのは火を見るより明らかだ。


俺の名前は、折原臨也。
便宜上作った名前だけど、面倒なのでもう二世紀程この名前を使っている。

職業は――色々やっているけれど、生まれた時から、と条件を付けるなら 俺は「吸血鬼」と呼ばれている。目前の彼が、生まれながらにして破壊者であるのと同じで、俺は生きる為に人を襲い、ときたま必要が無い時ですらその命を弄んだ。

俺は、人が好きだ。
愚かで、利己的で、それでいてこちらが予想しなかったとんでもない事をしでかしたりもする人間が、物心付いた時から、好きで、好きでたまらない。

その血を身に注ぐ事で、いつか人間になれるなどという夢物語を抱きはしないが、近いモノになっていったら面白いとは思っている。

「っに、よそ見してんだよ!」

男の拳が、頬を掠める。
面白いモノは、好きだ。手に入らなそうなものは、尚好きになる。

断っておくが、彼を好きになったわけではない。ただ、手に入ったら面白そうだと思ったのだ。子供と同じ。オモチャが欲しいと駄々を捏ね、手に入れたら飽きてしまう。そんな流れが、自分で簡単に予想出来る軽い想い。それでも、俺にとってそれは、衝動ですらあったのだ。

追撃してきた腕に、そっと手を添える。
特に勢いをつけたワケでもないのに、絡めとられた腕を不思議そうに見る男は案外可愛いのではないかと、俺はようやく気が付いた。

「…名前、なんてゆーの?」

「誰が、名乗るかよっ!」

おお、怖い怖い。
すごい力だね。そこもまた面白い。

「いいよ。血に聞くから」

ここで殺しては面白くない。
この時の判断を、俺はそれから何度も後悔する事になる。

思えば、それが、俺が彼を殺せる唯一のチャンスだったのだから。









それから彼は、何度も何度も俺の屋敷を訪れた。
部屋が散らかる事に文句を言いながら、命をかけた追いかけっこは正直中々悪くなかった。いつしか俺は、彼の事を"シズちゃん"と呼んで、彼は俺を"臨也"と呼んだ。

はじめて、名前には意味があるのだと知った。
彼が呼ぶだけで、俺の名前は特別になる。"折原臨也"は、彼に呼ばれて初めて存在するのだと錯覚してしまう位には。

「てめ、待ちやがれ臨也!!」

「待つわけないじゃん。バカじゃないの、シズちゃん」

楽しくて楽しくて、楽しくて。俺は時間が経つのも忘れていた。
時間という存在に気付いたのは、シズちゃんが動かなくなった時だった。

出会った時よりも、ずっと皺が増えた手。
以前なら軽々と避けた落下物をかわせず、下敷きになってシズちゃんは動かなくなった。

何度揺すってもシズちゃんは起きなくて、俺はあの出会った日にシズちゃんを殺さなかった事を心底後悔した。あの日、あの夜、俺の手で殺してしまえば、こんなに胸が痛む事などなかったのにと。














「―――シズちゃん」

名前を呼ぶだけで痛んだ胸が、今はもう何も感じない。
それだけの時間が経ったからこそ口に出来る、物語。



俺と君との、物語。
全ては過去の、物語。




(さぁ、何から話すとしようか)









end




臨也さんは、別の世界からシズちゃんを連れてくる強硬手段をとるまでの長い間、思い出を自分の中で何度も何度も繰り返していたのではないかと。




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あきゅろす。
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