2.険悪さえ、愛してる


シズちゃんは、俺が嫌い。
これは推測ではなく、単なる事実。

その証拠に本人から、世界で一番嫌いだという評価をすでに頂いている。

「……それにしても、シズちゃん飲み過ぎでしょ」

血が足りなくて身体が起こせない。
ゆっくりと腕を伸ばせば、シズちゃんによって軽々と引き上げられた。

「そんなに俺の血、美味しかった?」

"間違いなく、俺程極上の血の味はないよ"そう嘲笑えば、シズちゃんの顔が嫌悪に歪む。いいね、その顔、すごくいい。

俺は人間が好きだ。老いも若きも、男も女も。全ての人間を例外なく愛している。人間は素晴らしい。脆弱で醜くて、孤独を恐れながらも群れを嫌う。ああ、なんて矛盾した愛しい生き物なのだろう。そんな感情を抱く俺は、恐らく異端なのだろう。自覚はある。けれど、それがどうしたと言うのだろう。俺は俺だ。俺が愛しいと感じたモノを愛し、そして知りたいと思う事の何が悪いと言うのだろう。

「知るか。俺は…手前以外の血なんて……」

「うん。知ってる。シズちゃんに人間を襲うなんて無理だって分かってるよ。だから俺は君を仲間にしたんだ。生きる為に、大嫌いな俺の傍を離れられない苦悩を一番近くで見る為にね」

シズちゃんの手が、俺の手首に強く食い込む。
怒っているね。すごく、人間らしい感情だ。シズちゃんは吸血鬼なのに。もう、人間じゃないのに、どうしてそんなに人間らしいのだろう。人の血を吸わないからだろうか。だから、彼はこんなに眩しく、忌々しいのだろうか。

立ちあがろうとするが、うまくいかない。

「ああ、駄目だ。血が足りなさすぎる。悪いけど、ちょっと返して貰うよ」

掴まれた手首を簡単に捻り、痛みに歪んだ顔を観察する前に先程とは逆にベッドにその身体を沈めた。体格差や、体勢の不利はあまり関係がない。結局は血の違い。俺は何時如何なる時も、シズちゃんより優位に立つ事が出来るのだ。

「っ、テメ…!」

先程見損ねた悔しそうな顔を堪能してから、彼の名を呼ぶ。愛称ではなく、彼の本当の名前を、一度だけ。

「静雄」

「……っ、」

それだけで、抑えていた身体の抵抗がピタリと止んだ。
彼がする名の支配とは比べ物にならない、抗いようの無い力だ。目前の顔が悔しそうに歪む。その感情とは真逆に、彼の手は淀みなく吸血の邪魔になるシャツを肌蹴させていた。

「良い子だね、シズちゃん」

俺は、シズちゃんみたいにがっつかない。
音を立てるようなマナーが悪い事はしないし、痛みよりもっと素晴らしいものをプレゼントしてあげる事が出来る。

「……や、め…」

首筋へ唇を寄せた瞬間、動く事を封じたはずの身体が微かに跳ねた。
彼は知っているのだ。この先何が起こるのか、自分が一体どうなるのか。

「俺は君と違って下手くそじゃないからね。最高に気持ち良くあげる。だから…

"イイ声で啼いてね"

そう囁けば、組み敷いたシズちゃんがものすごい顔で睨みつけてくる。
ゴメンね。その顔も俺は、大好きなんだ。



「いただきます」

容赦なく牙を突き立てれば、甘い、甘い血が俺を待っていた。


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