3.太陽を、手に入れた日


はじめて彼を見た時、その髪がまるで太陽のようだと思った。
太陽は、あまり好きではない。だから、無くなればいいな、と手を伸ばした。




「…っ、て…めぇ…!」

「おや。まだ生きてるんだ。随分タフなんだね」

「くそっ…何、しやがった……」

唇の端に付いた血液を見せつけるように舐め取る。随分と甘い味が予想外だが、悪くはない。

「ねぇ、助けてあげようか?」

「誰…がっ…」

死を間近にして尚、憎しみだけで俺を見つめる瞳が惜しくなった。もしくは、その血があまりにも甘かったからかもしれない。何度でもこの視線が、血が、欲しいと俺は考えた。

生まれて初めて抱く執着。
そんな自分が興味深くて、俺は吸血鬼にとって最大のタブーを迷いなく実行した。



吸血鬼は、純血を何よりも重んじる。
その規律を破るのは、ましてや餌である人間にその力を分け与えるのは許される事ではない。

けれど俺は人間を愛していた。
そして、この変わった存在も、気に入ってしまったのだ。









吸血鬼になった彼は、誰の血も欲しなかった。
否、吸血鬼となった身体は血を求めている。それなのに、理性でその欲求を抑えてしまっているのだ。

吸血鬼は元来快楽に弱い生き物だ。それは食の快楽にも当てはまる。
誘惑に抗った事もその必要を考えた事すら無かった俺は、その賢者めいた断食がいつまで続くか内心嗤っていたのだが、半月が経過した頃からその余裕はなくなった。

彼は、人であった時と同じく生活をしていた。
闇に紛れ生きる俺達とは違い、太陽の下で変わらずに。

「シズちゃん、まーだ我慢してるの?」

サングラスを掛けた彼の前に立つと、じりじりと身を焼く太陽の存在を強く感じる。

世の中に伝えられている吸血鬼の弱点など、誇大表現だ。太陽の光や十字架で灰になる程俺達は脆弱ではない。…が、それでも不快であるのは確かだ。

「うるせぇ。手前にどうのこうの言われる筋合いはねぇよ」

「別に俺はシズちゃんがどうなっても構わないんだけどさぁ」

「手前の顔を見るだけで反吐が出る。俺の前から消え失せろ」

「命の恩人に対してそれはないんじゃないの?」

「むしろ手前が主犯だろうがっ!」

シズちゃんは、俺が嫌いらしい。
それもそうだろうね、自分の人生をメチャクチャにした相手を好きになる方が可笑しい。まぁ、俺がシズちゃんの立場だったら、お礼の一つも言ったかもしれないけど。意外と常識人なシズちゃんと、興味を優先する俺では元々の基準が違う。


「…心配なんだ、君の事」

俺なら、こんな嘘には騙されない。
なのに、あっさりと心を揺らす君が――愛しいな、と思う。

「人の血が飲めないなら、俺の血を飲めばいい。飢えて誰かを襲ってしまってからでは遅いだろう?」

名の支配は、使わない。
あくまでもこれは、彼が選ぶ事なのだ。

「………っ」

「君をそんな身体にしたのは俺だ。君が望むのなら、俺が責任を取るよ」




たった半月、それだけだった。

けれど、彼がその選択をするまで時間。
それが俺には、永遠のようにすら思えた。






雄弁なのは、唇だけ
(嘘は零せても、想いは決して零せない)





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