雄弁なのは、唇だけ


「…っ、……ん、」

痛みを紛らわせる為に吐き出した息が、思いの外色を帯びていたのが気に食わない。
唇を噛みしめる。勘違いされるくらいなら、こっちの方が大分マシだ。

シズちゃんは、下手くそだ。
それはもう、宝の持ち腐れと言っても過言ではない程に。

「臨也」

それでも、切羽詰まりながらも律義に名を呼ぶ声や、懇願を込めた瞳の色が俺は嫌いではなかった。だから、縋るシズちゃんの頭を緩やかに撫でる。

「…いざ、やっ……」

我慢が出来なくなったのだろう。
理性で衝動を抑えている瞳が、苦しそうに歪む。

この瞬間が、俺は好きだ。
普段からは想像出来ない獣の色。ほら、いくら隠そうとしても無駄なんだよ。

ベッドに押し倒された体勢のまま、髪を梳いていた手を頬へと伸ばす。
びくりと怯えた色を見せる瞳が、ああ…たまらない。

捕食者はどちらか、この体勢を見れば一目瞭然。
しかし、主導権は俺にある。こればかりは、譲れない。

「…いいよ?」

そう言い終える前に、シズちゃんの鋭い牙がさらに深く首元を抉った。
けして上品とは言えない音が、耳に入る。普段ならば眉を顰める音も、今この時ばかりは悪くない。

「ふふっ…我慢ばかりしてるから、こうやってみっともなく縋る事になるんだよ」

優しい優しい、馬鹿なシズちゃん。
緩やかに髪を撫でる。いつもは振り払われる手が、自由を許される時間が――俺は、

「…っ!」

噛みつかれた場所に、舌までねじ込まれて流石の俺も痛みに声を洩らす。
どこまで飢えてるのシズちゃん。…あ、さっきの仕返しかコレ。

「ちょ…っ、痛いって…!!」

髪を思い切り引っ張ると、しぶしぶとシズちゃんが俺を解放する。
あーあ、口の周り血だらけじゃん。相変わらずシズちゃんは食事が下手くそだ。

「もったいないなぁ。俺の血、そんな粗末にしないでよね」

空腹によりギラギラとしていた瞳は、今では穏やかな色へと変化している。
そんな彼の腕を引き寄せ、唇の周りや頬を染めている赤色へと舌を這わす。

全てを舐め取り、常よりも赤く染まった舌を見せつける。
シズちゃんは一瞬嫌そうな表情を浮かべたけれど、結局は誘惑に逆らえなかったのか唇を重ね、舌を絡める事で俺から奪った全ての血液を貪欲に吸収した。

「………ん…」

「はっ…いざ、や……」

離れていこうとしたシズちゃんの後頭部へ手を伸ばし、再び距離をゼロにする。
血の味がするキスが、俺は意外と、嫌いではない。制止の意味で名を呼ばれたが、聞こえないふりをする。

「……んっ、は…ぁ…」

悩ましげな吐息を零せば、いつだって目前の身体は緊張するのがよく分かる。
口内を探り尖った牙に舌を擦り付ければごくりと喉を鳴らすが、誘惑を理性で殺しているのも知っている。

血の味が深まったキスを、俺はいつまでだってしていたいのに。

「……っ、臨也!」

「―――あーあ。もうおしまい?」

「だからっ、いつも言ってるだろうが…っ」

シズちゃんは忌々しそうに眉を潜め、俺が全く欲していない言葉を口にする。

「…これ以上やったら、お前を殺しちまう」

まさにそれを俺は望んでいるのだけれど。
愛した人に殺されたい、なんてこの口から出てくる日はきっと来ない。



この俺が、精一杯誘惑しても気付かないなんて。
ほんっと鈍い。




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