Novel 夜想曲【真情】 僕は高貴で光輝なクラリネット奏者。 誰にも疑われちゃいけない。 “夜想曲【真情】” お母さんは僕が上手くなると喜んでくれる。 『流石、お父さんの子ね。』 それがお母さんの口癖だった。 お母さんを喜ばせる為に、誰よりも練習した。 有名な指揮者だった父は、余所に女を作って出ていった。 「千羽君のクラリネット、良いね。」 音大の先生が僕を推薦で欲しい、と言ってきたのは高校二年の冬だった。 その後は簡単にレールが敷かれて、僕はこの春ついに有名音大の器楽科に入学した。 「千羽君凄いね」 「推薦って誰の?」 「上手だね」 聞き飽きたお世辞。 こういう時必ず僕は、 「そんな事無いよ」 と大人びた決まり文句を言うだけだ。 誰も、僕の事なんて解ってない。 解って欲しくも無い。 *** 「貴方は何の曲が好き?」 と、唐突に質問をされたのは暖かい昼下がりの事だった。 どうせ、上辺だけの情報で僕に興味を持った人間だろう。 振り向くと、其処には少女が立っていた。 何処から大学の敷地内紛れ込んだのだろうか。 少女は繰り返す。 「貴方は何の曲が好き?」 しかたなしに、僕はため息混じりに口を開いた。 「うーん…ブラームスの四番かな。いや、チャイコフスキーも捨てがたいな。ラヴェルもラフマニノフも…」 「違うね。」 少女は嫌に確信を持って断言する。 「本当に?嘘だよ。貴方が本当好きな曲は何?」 少女は手を伸ばし、僕の手に触れた。 「思い出して?」 少女の細い指が触れた途端に、記憶が流れ込んできた。 追憶の海の中。 見つけたのは幸せだった頃の自分。 父がまだ家にいた頃の、暖かい家庭。 そうだ。 思い出した。 「きらきら星…」 涙が頬を伝う。 何故忘れていたんだろう。 「お母さんの歌とお父さんのピアノと、僕のクラリネット…。」 笑い声の溢れる優しい時間。 「大好きだった…」 少女は満足気に微笑むと姿を消した。 *** 僕は解った。 今まで、僕は悲劇の主人公を気取っていただけなのだ。 音楽に向き合わずに、体裁ばかりを気にして。 これからどんな質問が来ようとも、真情を明かそう。 きらきら光る 夜空の星よ。 お母さん、僕は音楽が大好きです。 THE END. NextBack |