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Novel
幻覚グランディオーソ


全てが跡形も無く終わったにも関わらず、何やら判然としないのは何故だろう。


今僕の手には紅いナイロンや羊の腸、はたまた金属で出来た紐の様な物が握られていた。


追憶の中にはまだ笑顔の彼女がいる。



彼女は魔女だったのだろうか?





“幻覚グランディオーソ”





記憶を紐解いてみよう。


あの日、僕はただ本が読みたくて今は使われていない第三音楽室に向けて足を進めていた。

別に場所なんて何処だって良かったのだけれど。

でも何故だろう。
誰かに呼ばれているような気がしたのだ。


重力の様に、自然と引き寄せられる。


理由も無く早くなる鼓動。
込み上げてくる奇妙な高揚感。



僕だけが知っている秘密の(といっても鍵が壊れているだけだが)第三音楽室の小さな扉に触れた時には、指が震える程であった。


低くて狭い扉の隙間を潜り抜けた先―――









刹那の驚愕と暴発的な感情の漏洩。










そこにはダブルアクションペダルの、所謂グランドハープが、埃臭い音楽室の中央に鎮座していた。


「凄……」


予想外、否予想以上の出来事に僕の心臓は何かとてつもなく異端的な物を見た時の様に鼓動を刻んでいた。


薄暗い音楽室の中なのに、艶麗に存在感を醸し出すグランドハープ。

紅い色の弦を弾いてみた。


綺麗な、透き通った音。


もう一度触れてみようと思い、その艶やかな弦に手を伸ばした時――――


「ぷりーずふりーず。その子に触ったら怒りますよ。」

腕を掴まれ、首を後ろから押さえ付けられる。


「キミ、どこのだぁれ?これ、僕のなんだから触んないでヨ。」

「ごめんなさい…」



これが重力の正体、遥神との出会いだった。








***







あの日から僕は遥神と色々な話をした。


遥神がオーケストラ部でハープを弾いている事。
ハープの細かな説明。
ハープの奏方。


まあ殆どがハープに関する事を遥神が一方的にべらべら喋り続けただけだが。


「この弦はね、Cの弦。ドの弦だヨ。紅いデショ?僕は、この弦が一番好き。」

「上の方はナイロン弦、真ん中はガット弦、下の方はコイル弦。ガット弦は羊の腸で出来てるんだヨ。」


「ハープはグリッサンドとかアルペジオとか色々奏方があるのデス。」



只々一方的に遥神の話を聞いていただけだがそれなりに僕らは仲良くなれた。


理由も無く無限永劫遥神といられる様な気がした。








そんなのは只の独り善がりだってのは解ってる。




解ってるよ。








***








遥神と出会ってから二週間弱。


僕は気になる事があった。



それは、僕はまだ一度も遥神を音楽室以外で見た事が無い事。


それがどういう意味合いを持つのかは、鈍感な僕にも明白に解ることだった。





一線を踏み越えるのが、恐かった。

勝手なエゴイズムとくだらない意地。







遠目に見た第三音楽室には、やはり明かりは灯っていなかった。











***








嗚呼、最悪だ。


偶然的な事故だった。



聞いてしまったのだ。








この学校に、ハープ等無い事。
遥神という生徒はオーケストラ部はおろか、学校にも在籍していない事。








僕はひた走った。


限界の、最高の速度で。



行き先は、第三音楽室―――。











乱暴に床に近い扉を開ける。

無理矢理に身体をねじ込んで、腕やら脚やらをぶつけたがそんな事はどうだっていい。

早く行かなければ。


遥神…――――


狭い隙間を潜り抜け、視界に入ってきたのは――――












そこには血の様に赤い紅いCの弦が散らばっているだけで。




彼女の姿は何処にも無かった。




The end.

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あきゅろす。
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