大切な、
目を開けると、目の前に広がっていたのは白い天井。
まだぼうっとする頭を無理やり動かして状況を整理する。
雰囲気や自分の状態から考えるに、ここは病院と見て間違いないだろう。
そういえば消毒っぽい、病院特有のにおいも充満しているように思える。
…だけど、なんで俺は病院のベッドの上にいるんだ?
「お目覚めですか?」
聞きなれた声に顔をそちらの方に向ければ、何故だかのんきにリンゴを剥いている古泉がいた。
それでも奴の表情がほっとしたそれに変わり、その上目の下に薄いくまが出来ていることに俺は気付いてしまった。
そっと起き上る。まだ身体は重いが、寝ていると喋りにくい。
ここは、どちらだ。俺は、元の世界に戻れたのか?
あちらの世界の古泉が俺にふんわり笑いかけ、俺を心底心配することなどないと知っているが、だからといって決めつけるのも怖い。
いや、決めつけるのが怖いのではないな、とそっと自嘲にも似た笑みを浮かべてみせる。
俺の恋人と同じ顔で同じ声で、拒絶されるのが怖いんだ。
「気分はどうですか。あ、僕、お医者さん呼んできま」
「こいずみ」
名前を呼べば、奴は喋るのをいったんやめ、視線だけで「どうしたんですか」と問いかけてくる。
俺はといえばなんでもないとそっけなく返し、その実ほっとしたのは言うまでもない。
「こいずみ、」
もう一度、名前だけを呼ぶ。
あちらの世界では、名前を呼ぶたびに嫌な顔されたっけ。ああ、あとハルヒだけ名前で呼ぶのにもかなり睨んできたな。でも、それでも嫌いにはなれなかった。
だって、奴だって「古泉一樹」なんだ。
奴の言動に傷つくことはあっても、俺から奴を嫌うことなんて、きっと出来ない。
「好きだ」
お前が、お前だけが。この世でなによりも。…そんなことは何があっても言ってやらないけれど。
離れてみて実感したさ。古泉に拒否されるのがこんなに苦しいなんて。
古泉の方を見れば、奴は驚いた表情で固まっていた。
そういえば、俺から好きだなんて言うの初めてだったか。
でもだからって、そんなに驚くことないだろ。
むっとすると、いきなり抱きつかれた。もちろん俺はベッドの上から動けないので、古泉がわざわざ椅子から立ち上がって。
そのときに香る、古泉のにおいに涙腺がゆるくなる。
改めて、こちらの世界に返ってこれたのだと実感する。
「今、世界が崩壊しても貴方を抱きしめたくて」
すいません、との言葉にならって床へと視線を送ると、そこにはハルヒが規則正しい寝息をたてて眠っていた。
こいつにも随分心配させたのだろう。
でも、すまん。今は古泉の方が大切なんだ。
奴の背中に手をまわし、ぎゅっと力を込める。
まあ、寝起きのため、あまり力は入らなかったわけだが、それでも十分だろう。
「偶然だな、俺もだ」
にっと笑ってやると貴方は、と返された。
バカだなあ、泣くなよ。せっかくのいい男が台無しだ。
だから、今回は悪かったって。うん、ごめんな。
だけど俺、今回のこと長門に感謝してもいいと思ってるんだ。
不本意ながらお前のこと結構好きだって分かったしな。
……泣きながら笑うなよ、ばか。
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