番外編
2
おおぶりの焼き芋がぎっしりと詰まった紙袋を両手に持ち、篤志は辰巳の所に戻ってきた。
一人で静かに眠っているかと思えば、辰巳の周りには先程までは居なかったはずの、数人の死骸が転がっていた。
「あらら」
がさりと紙袋を置き、手近に転がっていた一人の髪を無遠慮に掴み、顔を上げさせる。
うう、と呻き声を上げる。
「眠ってる人を襲うのはヒキョーでしょー」
にっこりと笑ってやれば、さぁと顔色を失いながらも、き、と睨んできた。
「テメェこそ、ヒキョーだろ。アイツ眠って、ねぇじゃねぇかっ」
その言葉にクツクツと笑う。
篤志にとって、そんな事を聞かれるのは久々だった。
「お前、新人デショ」
「だったら何だって云うんだよっ」
よく噛み付く新人だ。篤志はころころと笑う。
馬鹿にされたと思ったのだろう。その新人は一層きつく篤志を睨んだ。
「あーのね、新人クンだから優しく教えてあげる」
にっこりと篤志が微笑む。
端整な顔立ちだから、笑むと篤志自身から滲む妖艶さが一層引き立つ。そうして、彼の隠しもつ残忍さと冷酷さも滲む。
新人の顔から今度こそ色がなくなった。
はっきりとわかる雰囲気の違い。自分がとんでもない奴に噛みついたということにやっと気付いた。
「たっちゃんはね、本気で爆睡してんの。けど、本能なんだろうねー。自分に敵意を向けて来た奴は、ちゃあんとブッ潰すの」
偉いデショ?と言い、髪を掴んでいた手に力をこめる。
「ここらの奴らはみんな知ってると思ってたけど。先輩教えてくれなかった?」
そうして髪を掴んだまま新人の上半身を無理矢理起こさせる。
「新人。俺達に遊んでほしきゃ、真っ正面から来な」
ヒキョーなことすると、殺っちゃうヨ?
耳元で篤志は低い声で囁いた。その声はどこまでも愉しそうだった。新人は、自分の背筋に寒いものが走るのを感じた。
敵わない。
本能がそう叫んだ。
圧倒的な雄としての格の違いをまざまざと見せつけられた。茫然と見上げていると、興味が失せたのか、篤志は髪を掴んでいた手を緩め離した。そうして近くに置いておいた焼き芋の紙袋を取り、未だ夢の中を浮遊している辰巳の元へ向かった。
「…相変わらず美丈夫な寝顔ですこと」
呆れながら紙袋から一本、焼き芋を取り出す。そうして、辰巳の口へと突っ込んだ。辰巳はそれをもしゃもしゃと当たり前に咀嚼をし、重そうに瞼を開けた。
「オハヨウ」
「……寝てた」
「寝てたねー。ほら、これやるから自分で歩いてよー」
紙袋を辰巳に差し出す。それを辰巳は受け取り、中からもう一本焼き芋を取り食べた。
「……美味い」
「そりゃよかった」
篤志も辰巳の持つ紙袋から一本取り、食べる。素朴な甘さが口の中に広がった。
「さて、と。そろそろ行こうか」
その言葉を合図に辰巳は立ち上がり、二人はゆっくりと歩き出した。
「たっちゃん、昼飯ちゃんと食ってよー?後が面倒臭い」
「ん、」
「…聞いてないデショ」
「ん、」
もくもくと芋を咀嚼する辰巳を見て、篤志はため息を漏らした。そうして自分もまた焼き芋を一口食べる。
「この焼き芋分、今日しっかり働いてヨ?」
「ん、」
こくり、と辰巳が頷く。
その返事に満足した篤志はにっこりと笑った。
今日の夜は楽しくなりそうだ。
そうして、二人は裏の路地へと吸い込まれるように消えていった。
彼らの一日はこれから始まる。
end
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