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花婿修行



幸村が奥州から信玄の元を訪ねた夜。


武田城の一室で、幸村は凝りもせず酔い潰れて床に就いていた。
学習する事を知らないのかと云いたくもなるが、その顔は晴れ晴れとしており、幸せそうに見える。

先刻到着した佐助は、そんな主人の寝顔を見て溜め息をついた。
頭を冷やす為に幸村の元を離れたというのに、信玄に呼び出された佐助は武田城に来ざるを得なかったのだ。


『御館様!!この幸村、妻をめとるにはまだまだ未熟。故にこの度のお話、やはりお受けする訳には参りませぬ!!』

挨拶もそこそこに、幸村は信玄からの縁談を断ったらしい。
そして、こう続けた。

『某が女子を苦手とし、御館様にご心配をおかけしている事は百も承知。今すぐ妻をめとる事は考えられませぬが、御館様のお気持ちに報いる為にも、まずは花婿修行をしとうございまする』


元々、幸村意思を尊重したいと思っていた信玄は、これを快諾したらしい。


**********


佐助が到着した時には、幸村は既に酔い潰れて別室に運ばれた後だった。

事の顛末を佐助に説明しながら、信玄は未だ酒を嗜みながら笑っていた。

「のぅ佐助。幸村の婚儀は先に伸びる事になったが、それでも随分前進したと思わんか?」

「…まぁ、確かに。あの旦那が結婚について前向きに考えはじめたって事はかなりの前進だと思いますけど…でもいいんですか?あんなに良い縁談話しを断っちゃって」

「全ては縁よ。今回は縁がなかっただけの事。そのうち、幸村にはまた別の話しも出よう…それにな、今回の縁談については奥州の小僧から苦情が来ておる」

「はぃ?何でまた苦情なんて…というより奥州が口を出してくる問題じゃないでしょ」

相手の姫の情報が漏れたのかと佐助は眉をしかめたが、信玄は笑っていた。

「なに、あの二人は縁で結ばれているという事よ」

「…大将、それって意味深すぎるんですけど?」

その時、部屋を尋ねてきた小姓が襖越しに声をかけてきた。
「失礼致します。床の準備が整いました」
信玄は分かったと返事をして小姓を下がらせた。

「まぁ良いではないか。幸村の事、引き続き頼んだぞ」

信玄が自室に戻る事を察した佐助は、頭を下げて部屋を後にした。


******


かくして、幸村の元を訪れた佐助だったのだが、幸せそうに寝る主人の傍らで頭を痛めていた。


花婿修行って何?

幸村の場合、女性に対する免疫をつける事が一番の課題であろう事はわかる。
だが、「破廉恥!!!」といってすぐ叫びはじめる主人の相手を根気よく務めてくれる女性を探すとなるとかなり骨が折れそうだ。

それに、夫婦間の問題として性教育もきちんとしなくてはならない。

幼い頃から知っているが故に、性について真面目に語るのはちょっと嫌だった。


……旦那、何で断っちゃったの?


色々考えたが、やはり妻をめとって実際に経験を積むのが一番楽そうだった。

それに、佐助は幸村に対して抱いている複雑な感情を整理しきれていない。


佐助は二度目の溜め息をついた。 



先日、二人だけなのを良い事に、酔い潰れたこの主人に口付けた。
まさしく今と同じ状況での事だった。
ただ、あの時感じた艶は今の主人には露ほども無い。
今の主人の寝顔はわんぱく坊主のそれで、色香とはまったく無縁のものだった。同一人物とはとても思えない。
そもそも、全ては血迷った自分の絵空事だったのか?

よだれが顎を伝っているのに気付いて、佐助はそれを拭ってやった。




血迷った上での事だとしか言い様がなかったが、それでも幸村の柔らかな唇の感触は未だに消えず、佐助の心を簡単に支配してしまう。


また、触れてみたい…。


唇の感触や、吐息、あの時感じた胸の苦しさが思い出されて佐助は眉をひそめた。


だが、一度思い出してしまうと、身体が熱くなるのを止められない。



佐助はいけないと思いつつ、幸村の唇にそっと触れてみた。

幸村は全く気付いていない様子だったので、今度はそっと唇を撫でてみる。

唇は少しかさついていた。

ゆっくり撫でてその感触を楽しんでいたが、やがてそれでは物足りなくなってくる。



かさついた唇を舐めて潤してやりたい。吐息を奪い、薄く開いた唇を推し開いたら、主人はどんな反応を見せるだろうか…


佐助は、思考を遮断した。
危険な方向に考えが向かっていたからだ。


佐助は、珍しく哀しみを宿した瞳で主人を見下ろした。

感情を殺す事など簡単にできるはずなのに、感情がおし殺されるのを拒んでしまう。こんな感情は邪魔だと思っているのに、心のどこかで、この気持ちを密かに育みたいとも思ってしまう。
こんな矛盾を抱えるのは初めての事だった。

佐助はゆっくりと幸村に唇を落とす。

二度目の口付けは、最初よりも幾分長かったが、それでも短い触れ合いだった。

幸村の唇はやはり柔らかく、佐助の心にしっかりと焼き付いた。





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あきゅろす。
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