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伊達家


翌日。

日もすっかり高くなった頃。幸村は酷い頭痛に目眩を覚えながらようやく布団から這い出てきた。

昨夜、三人で酒を飲み始めたのは覚えているのだがそれ以降の記憶が無い。

ズキズキと痛む頭を押さえていると、傍らに薬と文が置いてあるのが目に入った。とてもじゃないが文字など読みたい気分ではなかったが、佐助からだとわかったのでそれを開く。

短い文だった。

起きたら薬を飲んで寝る事。自分は偵察に行くので無茶をしたり迷惑をかけないように。

流し読みだったが文はこういった内容だった。


…気持ち悪い。
幸村は吐き気を堪え、薬を含んで水で流し込む。


このまま寝てしまいたかったが、泊めて貰って挨拶もせずにいる訳にはいかない。しかも記憶が無くなる程酔い潰れてしまったのだ。

何か失礼は無かったかと心配しながら、ノロノロと立ち上がり何とか着替えを済ませて政宗に挨拶する為に部屋を出た。

壁伝いにゆっくり歩いていると、いきなり肩を掴まれた。
「こんな所で何してやがる」
どすの聞いたその声は、片倉小十郎のものだった。明らかに不機嫌そうで、必死にここまで出てきたのに、寝ているようにと叱られて部屋に連れ戻されてしまう。
再び着替えさせられ、布団に押し込まれた。
小言をいいながらもあれこれと世話を焼いてくれる姿に、まるで佐助のようだと幸村は思った。

「腹が減ったら声をかけろ」
小十郎のそんな言葉を最後に、幸村の意識は泥のように沈んでいった。



******

次に幸村が目覚めたのは、一晩越えて次の日の朝だった。

「政宗殿!!この度の失態…誠に、誠に申し訳ござらん!!この幸村、付してお詫び申す!!!」

頃合いを見て政宗の部屋を訪れた幸村は、畳に額を擦り付けるように頭を下げていた。

「別に気にしちゃいねぇから、そんなに改まるな」

ドタドタと盛大に足音を響かせ、部屋に入ってくるなり大声で詫びてきた客人に、政宗は笑いながら顔を上げるように促す。

礼儀を弁えているのかいないのか、良く分からない男だと思いつつそれが幸村らしいと政宗は思う。

「で?顔色は良さそうだが調子はどうなんだ?」
「…はい。ゆっくり寝させて頂いた故、もうすっかり元に戻り申した」

まさか丸一晩、目も覚まさないとは本人も思っていなかったのだろう。
幸村はばつが悪そうに頬を染めていた。

「ah-…まぁ、それもそうだな」
政宗はすっかり元気そうな幸村に内心胸を撫で下ろしていた。幸村に何かあっては同盟に罅が入るし、何より酒を飲ませたのは自分であるから後味が悪い。

実は、身動き一つせず眠る幸村を心配して朝一番に医者の手配をしていたのだが、不要になったので本人の為にも口に出さない。


「しかし、あんたの寝顔はまるで子供みたいだな。随分Cuteだったぜ?思わず悪戯してやろうかと思ったが小十郎に止められた」

「……こっ、こど…!!!?…ぅ…も、申し訳ござらぬ…」
幸村は南蛮語の意味はわからなかったようだが、馬鹿にされているのは分かったらしい。不服そうだが、自分の手落ちから爆睡してしまった手前更に頬を染めて詫びを言うに留まる。

「…片倉殿、何やら某を救って頂いたとの事。それに、泥酔した某を介抱して頂いた事、感謝致します」

幸村は政宗の傍らに控える小十郎に向き直り、手をついて教科書に出てきそうな所作で礼を言う。
たまに普段の無遠慮さが嘘のような仕草を見せるのが何だか不思議だ。

「いや…俺は何もしちゃいねぇ。気にするな」


政宗は何かと幸村をからかおうとする傾向がある。


話を振られた小十郎は「俺を巻き込むな」といわんばかりの目で政宗を見やったが、眉間にシワを寄せる癖が仇となり、勘違いした幸村が申し訳なさそうに訊ねてきた。
「…か、片倉殿。某、記憶を失っているうちに何か失礼な事を致したのでしょうか…?情けない事に記憶が無い故、一体何を致したか皆目検討も…」

小十郎にしてみれば予想外だった為、幸村が申し訳なさそうに詫びてきた事に内心驚いた。
だが、己の顔とは長い付き合いだ。眉間に力が入っていた事に気付いて幸村が勘違いした理由を悟る。


「違うんだ真田。お前は本当に何もしちゃいねぇから安心しろ。俺に詫びも礼も言う必要はねぇ。…政宗さまに話があった事を思い出しただけだ」
眉間のシワは癖だから気にするなと言ったが、つっけんどんな言い方に感じたのか、幸村の表情は曇ったままだった。
その様子を見た小十郎はいっそう眉間のシワを深くして厳しい目付きで政宗を見つめる。


「あぁ、小十郎はこれがBetterだから気にする事ねぇよ」
「べ…た?」
「ah-…(愛想笑いする小十郎なんて気味悪いだろ?)まぁ、これが普通だって事だ」

小十郎の視線に気付きつつ、都合の悪い部分を伏せて説明してやったが、幸村はよく分からないといった風だった。
つい、ニヤニヤしてしまう政宗だったが、やがて小十郎の視線を無視できなくなってきて嫌々話を振った。

「…なぁ…小十郎?」

「何でござりましょう政宗様」

「…さっき言ってた話ってのは、長くなる話なのか?」

「はい。だいぶ長くなりそうですので、そのつもりでお覚悟下さい」


『後でみっちり説教してやるから覚悟しておけ』と小十郎は間違いなく言っていた。


「What!?…(ちょっと幸村をからかった他は)俺は何もしちゃいねぇじゃねぇか?」


「おっしゃる通りにございます。(人をからかう暇があるのに)この小十郎には政宗様が溜まった政務を手に付けるご様子すら見受けられません。最近の政宗様にはどうにも喝を入れて差し上げる必要があるかと」

「いや、政務はこれからだな…」


すっかり蚊帳の外になった幸村は、自分がここにいると邪魔になると察して席を離れる事にした。


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