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困惑

翌朝。

佐助は長次郎に無理矢理連れられて近くの神社に参拝にきていた。

「生霊が成仏しますように!」

「…生霊って成仏云々じゃないんじゃない?」

「そう?」

「いや…うん。何でもない」

長次郎の事だし、と割り切っている佐助はそれ以上あえて何も言わなかった。


その後も宛もなく町をぶらぶら歩いているのだが、何が悲しくていい男二人で町を散策しなくてはならないのか。


佐助はうんざりしていたが、余所から来た長次郎は違うらしい。
その明るい性格もあってか、しきりにはしゃいでいる。


佐助は長次郎に呆れて文句を言いながらも、辺りの気配をさぐる為に神経を張り巡らせていた。

あの監視者の気配が今朝から消えている。


気配に気付けないだけかと思い、長次郎に廁に行くと嘘をついてわざと傍を離れてみたが何時もの殺気は感じなかった。


少なくとも、今まで張りついていた監視者はいない。

昨晩、長次郎が話をつけでもしてくれたのかもしれないが、それはそれで少し残念に思えた。

四六時中見られるのはうんざりだったが、あの殺気は退屈な日々の良い刺激でもあった。


監視者の身元を探るよう仲間に指示を出したが、感付かれたのかもしれない。

あれを易々と捕える事は恐らくできないだろうし、気配が無いのは長次郎が話をつけたか、仲間が始末してしまったかのどちらかだろう。



どんな奴なのか、顔くらい見てみたかった気もする。
らしくない事を考え、もし今度奴の気配を感じる事があれば、いっそ自分で捕まえてしまおうかと考える。


佐助は長次郎にある程度話を合わせながら、眠いと文句をいいながらだらだらと歩いた。


**********


佐助が外出しているとは知らず、幸村は寝不足のまま再び城下に足を運んでいた。

団子を買う為と言い訳をしながら城下に出てきたのだが、足が向かうのは団子屋ではなく色街の方向。

とうとう色街の入り口前まできてしまったのだが、そこから先に進む事が出来ずに立ち止まっていた。


自分がうろうろしていては、佐助の邪魔になるのは分かっている。

会うなど以ての他だと承知しているのに、それでもどうしても来ずにはいられなかった。


店の前を通り過ぎるくらいなら、邪魔にはなるまい…

そう思うのだが、幸村にとって遊廓の立ち並ぶ色街は生理的に壁が高すぎて、ただ歩くだけなのに踏み込む事が出来ない。

昨日は知らなかったとはいえ普通に歩いていったというのに…。


そうこうしているうちに、色街の方から歩いてくる女が1人目に入ってきた。

長い黒髪の美しい女で酒に酔っているのか、具合が悪そうにふらふらと歩いてくる。
俯き加減の顔が異常に白いのが見て取れ、見ているだけで何故だか痛々しい。


長く癖の無い髪のせいか、幸村はその女がどこか佐助の扮する諭吉に似ているように思え、不躾を承知で歩いてくる女を見つめた。

さすがに近くに来た時には慌てて視線を逸らしたが、今更何処を見て良いか分からずに俯く。


やがて、歩いてきた女が幸村のすぐ横を通り過ぎると不穏な臭いが幸村の鼻をつき、幸村はよく知るその臭いに弾かれたように顔を上げた。

「ま、待たれよ…!」



女の残り香に、錆びた鉄のような独特の臭いを強く感じた。


合戦場でよく嗅ぐ、紛れもない血の臭いだ。


顔色の悪さや、血の臭い、そして覚束ないその足取り。

女はどこかしらに怪我をしているのだろう。
これだけ強い血の臭いがするという事は、今も出血しているのかもしれない。

とても出歩いて良い状態とは思えなかった。


幸村の呼び掛けを無視したのか、それとも聞こえていなかったのか。
女は相変わらず覚束ない足取りで歩いていく。


幸村はどうしたものかと戸惑ったが、やはり放ってはおけないと女の後を追って行く事にした。

もう一度声をかけた方が良いかと思ったが、何と声をかければ良いのかわからない。
おろおろしながら後を付いていきながら、やはり見ていられないと声をかける覚悟を決める。


民を守るが武士の務め!
躊躇っている場合か!!


そう自分を叱咤しておきながら、女子相手に怯えさせないよう声をかけるには…と余計な考えが浮かんで実際に出た声は何とも情けないものだった。

「お、お待ちくだされ!…もしや、お、お怪我をされているのでは…」

幸村が声を振り絞って話し掛けたのと時を同じくして、とうとう力尽きた女の体が地面に倒れこんでしまった。

慌てて駆け寄った幸村女を抱き起こすと、女の紺色の着物には左の腹を中心にして大きなどす黒い染みが出来ていた。

出血がかなり酷そうだった。


「しっかりなされよ!!」
女はピクリとも動かない。

「誰か!誰かこの辺りに医者を知らぬか!?」

何事かと次第に集まってきた人の群れに声を張り上げると、一人の若者が案内役を引き受けてくれた。

幸村は女の身体を軽々と抱き抱え、案内役を買って出てくれた男の後ろを走って医者の元を目指した。

*********


その頃、幸村が再び城下に来ている事など知らない佐助は相変わらず長次郎と町をぶらぶら歩いていた。

そのうち、ふいにいなくなったと思っていた長次郎が二人組の娘をひっかけて来たので、今は四人で行動している。

二人の娘は昨日上田についたばかりだそうだ。


自然と二組に別れて歩くようになり、佐助こと諭吉は大人しい性格の娘を隣に長次郎達の後ろを少し離れて歩いていた。

考え事をするには丁度よかったが、大人しい娘は人見知りなのか自分から話をしようとせず会話が続かない。

頬を染めている事から単に緊張しているのだと知れて、佐助はそんな初な様子の娘を可愛らしいと思った。


さぁーて、これからどうするかな…。


『明日には宿に戻るから』
先刻、長次郎は娘には聞こえぬよう佐助の耳元でこう囁いた。
その言葉には、暗にそっちの娘は譲るから今日1日は別行動しようと言っていた。


佐助の方はこれだけ初な娘をどうこうとは思っていないが、長次郎の手前この娘をある程度自分に引き止めておかねばならない。


それに、今夜は久々に城に戻れそうだと考えると気分が良くなった。

幸村が昨日団子を落としていった事を思い出し、土産に団子を買って行ってやろうと考える。



それにしても、娘は不憫になるくらい緊張していた。思わぬ良い機会を運んでくれた娘に、佐助は多少遇しをしてやる事にした。


「悪いね。急に連れ回しちゃって」

「…あ、いいえ!私達の方こそ…こんな高価な簪まで買って頂いて…何だか申し訳なくって…」

長次郎は記念だと言って高価な簪を娘に1つずつ買い与えており、娘は遠慮がちに簪に触れて俯いた。

「気にしなくていいよ。あいつは羽振りがいいんだから。何ならもっとせがめば良かったのに」

「そんな!この簪1つでも私たちには勿体ない代物ですし…」

恐縮しきっている娘はいっそう頬を染めて俯いた。



あー。
やっぱこういう初な反応っていいよねー。


また会話が途切れ、あまり話し掛けても可哀想だと思った佐助は暫く無言で歩いた。

と、娘の視線が飴細工屋に行っている事に気が付く。
様々な動物の形をしたものや色づけされた鮮やかな飴が並んでいる。
特別珍しい物ではなかったが、田舎から出て来たばかりという娘には珍しいのかもしれない。

「甘いもの好き?」
「え?あ、はい…いえ…」
「プッ…それってどっち?」

佐助は笑いながら先だって飴屋に歩いて行くと、鳥の形をした飴を1つ頼み娘を呼び寄せてどれが良いか選ばせた。

遠慮しながらも、まだ若い娘の目は子供のように輝いて飴細工を見つめている。

好物の甘味を見つめる幸村の姿が重なった事もあり、佐助は微笑まずにはいられなかった。


娘はかなり時間をかけて迷っていたが、漸く赤い目をした兎の飴を選ぶ。

「それでいい?」
「はい」

娘は初めて和らいだ笑顔を見せた。


そうこうしているうちに、気付けば長次郎達の姿は完全に消えていた。

ある意味思惑通りだった訳だが、途端に娘があたふたしはじめ、佐助は娘を宥めて近くの茶屋に入り、娘の身の上話を聞いて時間を潰す事にした。



娘によると、二人は血の繋がらない姉妹だそうだ。
二人とも元は身寄りの無い子供だったそうで、同じ養父母に引き取られたという。

養父母を事故で先日亡くし、こちらにいる伯父を頼って上田まで出てきたらしい。


「変な事聞いて悪かったね」

「いえ…私が話したかっただけですから。父と母から聞いていた伯父の名前だけを頼りに出て来たものの…」

「見つからないの?」

「はい…同姓同名の方はいたのですが、その方はあまりに身分の高い方で…町の方に話を聞いても、その方が有名すぎて伯父の話が全く聞けないのです」

「ふーん…で、伯父さんの名前は何て言うの?」

「海野輝幸と…」

佐助はすすっていた茶を吹き出しそうになって軽く蒸せた。

「だ、大丈夫ですか?」

「…ケホッ…ごめん、大丈夫……しかし、海野とはまた…」

「はい…聞いた話では、上田の城主様に仕える名家だとか…私と妹で覚えた名ですから、名前に違いはいないはずなのです。ですが、あれだけ高名な方が伯父であるはずはありません…」

「んー…」

「今となっては、父や母の世まいごとだったのではないかと…お二人に声をかけていただいたのは、そう途方に暮れているところでございました。」

「何か手がかりになりそうなものは?何か預かったりしてないの?」

娘は哀しそうに首を横に振った。
「…親から受け継いだのは、大切にするようにと言われた形見1つ…しかし、それも伯父の手掛かりになるとは到底…」

娘は懐から紙包みを取出し、大事そうにそれを広げて見せた。

中に入っていたのは、千切れた紐と六枚の銭。
かなり古ぼけてはいたが、それには確かに真田の家紋がついていた。

「これは…驚いた」

「…可笑しいですよね。親の形見がこんな古ぼけた僅かばかりの銭だなんて…」

「いや、そういう意味じゃなくて……いい?俺が言うのも何だけど、その銭は絶対に使っちゃ駄目だ。」

「勿論そのつもりです。……ただの銭でも、私達にとっては大切な形見ですから……」

娘はにこりと微笑んだ。

「諭吉さん。ありがとう」
「何が?」

「…両親が無くなってからずっと、この先どうしようって考え込むばかりで…不安がってばかりでは仕方がないのに…諭吉さんにお話を聞いて頂いて、何だか肩の荷が降りたような思いです」


すっかり和んだ顔で笑う娘からは陽だまりのような温もりが感じられた。
この娘には光の当たる場所がよく似合う。
佐助は自分とは正反対の道を歩む娘の将来を眩く思い目を細めた。

*******


妹の心配する娘を言いくるめ、佐助は宿を二部屋借りた。

しきりに感謝してくる娘に、今更ながら大事な妹の身を長次郎に任せたのは悪かったかと思ったが、妹の方は姉と対照的な性格をしており、それなりに乗り気だったように思えたので知らぬ振りを通した。


「じゃあ、また明日ね」

娘にそう言い残し、佐助は自分の為にとった部屋に入って、辺りに人気の無い事を確認した。

先刻から張りついているよく知った気配に佐助が小さく声をかける。

「才蔵」

呼び掛けに応じて、一筋の風と共に黒ずくめの男が姿を現す。

『何かあったのか?』

声は出さず、唇だけで二人は会話を始めた。

『長に張りついていた忍を取り逃がした。見張りにあてた三人の死体から、国境の見張りを討ったのも恐らくはあの忍と見て相違なさそうだ』

『…行方は?』

『主が…』

才蔵の言う主とは、他ならぬ真田幸村の事だが、思いもよらぬ名前が出てきた事に佐助は思わず声を洩らしそうになった。

『…何でここで旦那が出てくんの?』

才蔵は無表情な忍だが、長い付き合いから珍しく才蔵が困っているのが分かる。

『…主がつきっきりで看病している』

予想外すぎる展開に、さしもの佐助もすぐには二の句がつげなかった。

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