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監視者


幸村が城に帰り着いたのはすっかり日も暮れようとしている頃だった。


道に迷い、幸村が町を彷徨っているところを心配した海野が迎えにきてくれたのだが、その頃には幸村の暗い気持ちもだいぶ落ち着いており、幾分平静を取り戻していた。


だが、城に帰ってから楽しみにしていた団子をどこかに忘れてきてしまった事に気付いてまた打ち拉がれる。

散々歩いて疲れていたので余計に甘い団子が恋しかったが、買いに行こうにももう店は閉まっているだろう。


こんな時、佐助がいてくれたら…


ふいに浮かんだ考えを中断し、仕方が無いと自分に言い聞かせた幸村は早々に床につく事にした。



今は佐助の事はあまり考えたくない…。



だが、床についたものの佐助の事が頭から離れてくれず、幸村はなかなか寝付く事が出来なかった。



傍らに佐助がいない事がこんなにも心細いものとは知らなかった。


もともと四六時中一緒にいた訳ではない。
信頼という強い絆があるからこそ、離れていようが近くにいようが、佐助の身を案じる事はあっても今のように不安になる事はなかった。


あの時抱き締めて貰った佐助の体温が、そっと握り締めてくれた手の温もりが恋しくて堪らない。




佐助に会いたい。



そして、佐助が今何を思っているのかが知りたい。


ただの小言でも何でもいい、佐助の声が聞きたい…。



だが同時に、こんなに心が乱れている様を佐助に見られるのも嫌だった。

そもそも、今の自分の気持ちを何と伝えれば良いのだろう。


声が聞きたいと、そんな事を言われても佐助を困らせるだけだろう。

淋しいから傍にいて欲しいなど、自分の命で働いている佐助に言う訳にもいかない。
ましてや、温もりが欲しいなど…

こんな恥ずかしい事など口が裂けても言えるはずがない……。


『旦那ってば…ほんと、いつまでたっても子供なんだから』


想像上の佐助が心底呆れたようにため息をついてくる。
子供扱いされるのも、佐助に呆れられるのも嫌だ。


幸村は己の腑甲斐なさに嘆きながら、瞳を固く閉じて去来する寂しさと不安から目を逸らそうとした。



もし、佐助があの男に身体を開いているとしても、遊廓の女を抱いているとしても、それは全て甲斐の為なのだ。

熱っぽく男と視線を合わせていたのも、きっと全ては演技のはず。


俺は、佐助を信じてる。



佐助が自分を裏切るはずはないとはっきりと胸を張って言う事が出来る。

だが、所詮雇い主でしかない自分には佐助の心を縛る事など幸村には出来ないのだ。

もし、佐助があの男を慕っているのだとしたら…


そう考えると、先程までの自信などあっという間に吹き飛んでしまう。


佐助、お前は俺とあの男のどちらをとるのだろう?



お前は愛しい相手より、この甲斐と、そして俺を選んでくれるだろうか?



俺を選んでくれるか?


だが、そうした時佐助の心はどうなってしまうのだろう?

今の自分のように、あの男の為に胸を焦がす事になるのだろうか?

もしかしたら佐助は既に己の気持ちと俺からの命の間で葛藤しているのでは…


そう思うと、幸村は胸が張り裂けそうだった。


悲しくて、
苦しくて、
切なくて、
恋しくて…



眠れぬ夜は残酷なほどゆっくりと時を刻んでいく。


*****



旦那、今頃何してんのかなぁ…。


すれ違っただけとは言え、久しぶりに幸村の姿を見れた佐助はぼんやりと上田城へと思いを馳せていた。

そろそろ一度城に戻りたい。
というより、幸村の顔が見たい。


だが、長次郎の方がべったりくっついてきて離れようとしない上に、適当に嘘をついて長次郎の傍を離れた時から佐助には奇妙な監視者がつくようになっていた。


この監視者、長次郎といる時には見事に気配を消しており、佐助ですらよくよく注意していなければ気配を察知する事ができない程のてだれだ。

だが、少しでも長次郎の傍を離れようものならば、途端にあからさまな殺気をこちらに向けてくる。

こちらの技量を試したいのか、それとも単に威嚇したいだけなのか。


余程自分の腕に自信があるのかもしれないが、強烈な殺気を放つせいで自分の居場所が丸分かりになる事などもろともしない何とも不思議で興味深い監視者だった。


今はまだ、長次郎の傍で動きを待つが吉。


そう考えている佐助は、ただの遊び人である『諭吉』を演じながら知らぬ振りを決め込んでいる。
だが、こうも四六時中監視されているのは決して心地の良いものとは言えない。


長次郎がいない時にはあれだけの殺気を叩きつけてくるのだ。少なからず長次郎と監視者個人の間に何かあると読んでいた佐助は、わざと鎌をかけてみることにした。


背後から抱き締めるようにして身体を這いずりまわる長次郎の手を掴みあげ、諭吉は不機嫌そうに呟く。

「…しつこい」

そんな冷ややかな言葉にめげる訳でもなく、長次郎は諭吉の首筋に唇を落としながら甘えた声を出してくる。

「どうした。今日は夕方からずっと機嫌が悪ぃな」

長次郎の手が身体を這い回るのを止めないので、佐助は苛立っているふりをしながら長次郎の胸を押して身体を突き離した。

「…何でだかわかんないけど、最近誰かに見られてる気がすんだよね。…お前誰かに恨まれたりしてない?」

「…諭吉はそういうのがわかる人?」

「さぁねぇ。でも、長次郎なら女の一人や二人間違いなく泣かせてるだろうと思ってさ。生霊がついててもおかしくないかもってね」

長次郎は「生霊ねぇ」とわざとらしく小さく笑うと大人しく諭吉から離れて窓辺に歩いて行った。
丁度、佐助が幸村の残像を見ていたのと同じようにして座って夜風に当たりながら外を眺める。

怒ってる風でもないが、返事が無い事から少なからず長次郎の機嫌を損ねてしまったらしい。


まぁ、たまには気まずくなってみるのも良いか…。

監視している奴も何の反応も見せないし、長次郎からも特別危険な気配は無い。
めんどくさくなった佐助は寝てしまおうと布団に横になろうとした。

「なぁ諭吉、ちょっと小耳に挟んだんだが近々祭でもあんのか?」

「んー…祭っていう程盛大なもんじゃないけどね。確かすぐ近くにある神社で来週あたり…」

「決めた!!諭吉、明日はその神社にお参りに行こう!」

「……人の話し聞いてる?」
「聞いてるって。祭りは来週なんだろ?だがどうせ暇なんだ、祭りの前に一回くらいお参りしとこうぜ。生霊も退散してくれるかもしんねぇし」

「…はいはい。気が向いたらね」

適当に相槌をうちながら、佐助は寝入ったふりをした。

諭吉は暫く窓辺にいて諭吉の名を呼んできたが、狸寝入りを続けているとやがて戸を閉めて部屋を出て行った。

いつも佐助の部屋に入り浸りの長次郎だったが、その足音から本来自分の為に取っていた部屋に戻ったのだと推測できる。


監視者は暫く佐助の様子を見ていた様だったが、やがて長次郎の後を追うように音もなく姿を消した。


佐助は慎重に気配が無い事を確認してからのそりと起き上がり、長次郎が閉めていった窓をあけてキセルを吹かせ始めた。

さも、ふいに目が覚めた事を装う為に気だるそうに殊更ゆっくりとキセルを吹かせる。


こうもうまい具合に独りになれるとは思っていなかったが、この機を逃す事はない。

久々に羽を伸ばしていると、そのうち、しゃん、しゃんと色街には相応しくない旅僧の錫杖が聞こえてきた。
佐助は長次郎達の目を盗んで用意しておいた小さく畳んだ紙を袖から取出し、自分の意志とは関係無いといった丁でしれっと外へと落とした。

紙は真下を通る僧が下げている傘にひっかかる。

佐助は視線だけ向けてそれを確認すると、また素知らぬ顔で暫くキセルを呑み、夜空を眺めた。


キセルを吸い終わる頃には監視者の気配が戻ってきたが、相変わらず気付かぬふりをして興味もない夜空を眺め続けた。

やがて身体が冷えてきたとわざとらさく身震いしてから布団にくるまる。



佐助は布団の下に隠れた口元を愉快そうに歪めていた。

さぁ、どんな奴が監視してるんだろう?


ひしひしと伝わってくる殺気に残忍な笑みを浮かべながら、佐助は今度こそ堂々と本当の眠りに就いた。




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あきゅろす。
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