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嫉妬



翌朝、自然と目を覚ました幸村は布団に寝転んだまま徐々に覚醒する意識の中で昨夜の事を思い出し赤い顔で口元を押さえた。

佐助と、本当に口付けしてしまった…。

初めての経験に表現する言葉を持たない幸村だったが、思い出すだけで胸が高鳴り、じわりと心が温かくなるのを感じる。



長い口付けが終わった後、佐助はぼうっとする幸村を布団に寝かしつけ、幸村の手をそっと握りこう聞いた。

「旦那…俺、この件が終わったらまた旦那の傍に戻ってきてもいい…?」


当たり前だと言った時、佐助はどこか哀しそうに微笑んだ。


幸村には、なぜ哀しそうに佐助が笑ったのか分からない。

聞きたかったけれど、佐助の手のひらが目蓋を塞ぎ、暖かな暗やみに包まれた幸村はいつの間にか眠りに落ちてしまっていた…。

あの笑顔を思い出すと、幸村の心が切ない、苦しいと訴えてくる。

朝起きたばかりだというのに、幸村は泣きたくなった。

「お早うございます、幸村様。起きていらっしゃいますか?」

自分をお越しに来た声に救われ、泣かずに済んだ幸村はわざと殊更明るく返事を帰した。

「お早う海野。準備してすぐ行く」


今日から暫くの間、佐助がいない…。



**********



以前、伊達政宗と初めて剣を交えた後の事。


胸が熱くて苦しいと佐助に訴えると、佐助はニヤリと意志悪く笑ってこう言った。

『まるで、恋でもしてるみたいだね』




あの時の感情が恋なのか、幸村には未だに分からない。

だが、今も同じように胸が熱くて苦しくて仕方がないのに、あの時とは違う。



なぁ、佐助。


お前が言った『恋』とは、この感情の事ではないのか?


なぁ、佐助。

この感情が何なのか、俺に教えてくれ。


佐助。

今すぐにでも、お前に会いたい…。


**********



佐助が城を離れて半月が過ぎた。

売人は既に甲斐に入りこんでいるだろうが、今のところ表向きは平穏無事に時が流れている。


幸村は佐助に対する気持ちを自覚して以来、どうにもふさぎ込むようになってしまった。

心配をかけまいとするが、長く仕えてくれている者達には筒抜けになってしまうようで、幸村はまた落ち込む。


ある日、気分転換にと久し振りに城下町に出てみる事にした。
付き人を断り、一人で好きな団子を買いに出た。

人気の茶屋は相変わらず繁盛しており、店内は人でいっぱいだった。

「あれ?信繋様じゃありませんか!お元気でしたか?」
店に入るとすぐに、娘が明るく声をかけてきてくれた。お菊という店主の娘で、明るく愛嬌のあるお菊はこの店の看板娘だ。

変装のできない幸村は、まさか城主だとは言えないので町に来た時には『信繋』という偽名を使っていた。
団子屋に通っているうちに店の者や常連客とはすっかり顔馴染みになっていた。久し振りに来たのに自分の事を覚えてくれていた事が嬉しい。

慣れもあってか、幸村は不思議とお菊とは普通に話す事が出来る。

「忘れる訳ありませんよ!信様程美味しそうに大量の団子を平らげる人はいませんから。今日は食べて行きます?それともお持ち帰りですか?」

幸村は客や店主からいじられ、嬉しいやら恥ずかしいやらで団子を包んでもらい、また来ると言って店を後にした。

特別今日は急ぐ必要もなかったので、幸村はぶらぶらと散策する事にした。


久し振りの城下は人で賑わっており、幸村は久しぶりに軽い足取りであちこちを見て回った。


つい、佐助も一緒なら…と考えてしまい、その度に頭を振ってわざと気を紛らわす。

だが、やがて隣にいない佐助が恋しくてたまらなくなった幸村は、沈んだ足取りでとぼとぼ歩きはじめた。
気付いた時には、来た事の無い場所にいてぐるぐる歩き回っているうちに、どことなく雰囲気が違う一角に紛れ込んでいた。

幸村は昼下がりというのに、今から店の準備を始めている様子を不思議に思いながらとぼとぼ歩いた。


「兄ちゃん、今日はうちに泊まっていかねぇかい?」
知らない男や綺麗な女に声をかけられ、鈍感な幸村でも此処が色街なのだと知る事が出来た。
同様した幸村は早足にここを抜けようと焦る。

ぐんぐん進んでいた幸村だったが、ふいに覚えのある店の名の看板に気付いて足を止めた。

『呉羽』

…確か、佐助が言う不信な男がいる宿だった気がする…。


間違いかもしれないが、もしかしたら佐助もここにいるのかもしれないと思うと離れるのが躊躇われた。だが、店の男から声をかけられてしまい、しつこい誘いを断るのでそれどころではなくなってしまう。

と、遠くに大声で笑う男の声が聞こえた。
幸村は恥ずかしくなり、しつこい店員に「申し訳ない!!!」と言い放ち走ってその場を立ち去ろうとした。

身体をひねって駆け出した瞬間、幸村は大声で笑う男の隣に見知った顔を見た。
佐助が街に出る時に変装する『諭吉』だった。

**********



幸村が隣を駆け抜けた時、佐助は必死に幸村を無視していた。

遠目にも、見知った後ろ姿だとは思っていたが、まさかこんな所に幸村が来ているとは思わなかった。

しつこく勧誘する男にきちをと一礼する様子はいかなも幸村らしくて可笑しかったが、隣の長次郎が笑っていたのでわざと興味の無いふりをした。


この男に主人を小馬鹿にされているようで面白くなかったのだ。


幸村がこちらを見たのにも気付いていたが、一度目を合わせればそらす自信がなかったのでこれも無視した。


「おもしれぇ小僧だな。何も走って行かなくてもいいのに。…ここに余程好きな女でもいんのかな?」

幸村は余程慌てていたらしく、見知った団子やの包みを落としていた。
それを広い上げた長次郎が中身を見てまた笑う。

「…さぁね。」


店内に通され部屋に入ると長次郎はいきなり諭吉の身体を抱き締めてきた。

「…何だよ急に」

「別に。不機嫌そうな諭吉にちょっかい出したかっただけ」

長次郎は人懐こい笑顔で笑った。
出会った時には小汚い格好だったが、今はそれなりの着物を着こなしており、髭を剃って精悍な顔を晒している。日焼けた肌がいっそう男の魅力を引き立てており、すっかり遊女が取り合う程の色男に化けている。

「あーんな可愛い小僧をてごめにした悪い奴は一体誰だろうなぁ…」

この長次郎という男、がさつなようで意外に人の事を良く見ており、たまに佐助を驚かせる。
時折、諭吉を値踏みするような目で見ており、今もそんな視線をこちらに向けていた。

「…さあね。俺はああいう純情ぶってる奴は好きじゃない。というより縁がない。だいたい走り去るくらいならこんな処に来なけりゃいいんだよ」

眉を寄せて不機嫌そうにしてみせると、長次郎は諭吉に顔を近付け、諭吉の顔をの覗き込むようにして笑った。

「ふーん。…でもさ、あいつお前の事じーっと見てたぜ?」

「そお?」

実際、幸村が佐助を見たのは一瞬の事だったが、佐助は知らないと興味の無いふりを貫いた。

「…まぁいいや。それよりさ、この団子食っちまおうぜ」

長次郎はがさがさと包みを開けて団子を食べはじめた。
好物の団子が無いと落ち込む幸村の姿が浮かぶようだった。

「…止めとけよ。そんな得体の知れないもん食って腹下しても知らないよ?」

「だーいじょうぶだって!…うん。甘いもんも久し振りに食うと上手いもんだな」

お前も食えと差し出されたが、諭吉はいらないとつっけんどんに断り長次郎に背を向けるようにして窓辺に座った。知らずと幸村が走って行ったに視線が行く。

佐助は幸村が恋しかった。
あの日、最初で最後だと思いながら幸村に口付けた。確かに抱き締めた温もりも、熱い吐息も全部身体に刻み付いている。


わざと幸村と距離をおこうと考えた事もあったが、実際こうして離れてみると、顔が見たくて仕方がなかった。
例えこの気持ちが実る事が無くても、辛い思いをする事になったとしても、それでもいいから今は傍にいたいと心から思う。

赤く染まる夕焼け空がいつになく綺麗で切なかった。
走り去る思い人の姿を思い描きながら、佐助はぼんやりと夕焼けを眺めた。


********


ひたすら走り続けて色街を抜けた幸村は、それでもなお走って人通りの少ない橋の袂で漸くその足を止めていた。

粗い息を整えながら、脳裏にやきついた佐助の扮装した『諭吉』の姿を思い浮かべる。


自分が佐助を見間違えるはずがない。
駆け出してすぐに気付いたが、佐助はまるでこちらに気付いていないような素振りだったし、連れの男がいたので止まる訳にもいかずにすぐ傍を駆け抜けるしかなかった。

そのまま目的もなく走り続け、息を切らした幸村は漸く足を止めたのがこの場所だった。


佐助………。


きっと隣の男が例の不振者なのだろう…思わず見てしまった為、男とは一度目が合った。
佐助も幸村に気付いていたはずなのに、佐助とは一度も目が合わなかった。

任務中なのだから…と言い聞かせてみても、こちらを見ても貰えなかった事が悲しい。


佐助は男から肩を抱かれ寄り添うように仲睦まじく歩いていた。

一瞬隣を走り抜けただけだが、二人の周囲だけ甘い空気が流れていたような気がする。

肩を抱かせていたのも、ふざけていただけかもしれない…そう思いながらも、幸村はあふれ出る暗い感情を押さえられなかった。


なぁ、佐助。
お前の肩を易々と抱かせてやる程あの男には価値があるのか?

俺に一瞬の一瞥もくれない程、それとも俺に気付かない程に、佐助はその男しか目に入らなかったのか?



お前は、あの男を慕っているのか…?


それに、あの呉羽という店。あの遊廓に出入りしているのだとしたら…。


幸村は胸の内から吹き出してくる感情が制御できず、苦しくなった幸村はその場に蹲った。


幼い時から、いつも自分の傍には佐助がいた。
だが、今佐助の隣にいるのは自分ではなく、あの男だ…。

幸村は自分の場所を男に取られてしまったような気がして惨めだった。

今更だが、誰の隣に在るのかは、佐助当人の自由なのに…幸村は情けなく蹲るしかできない自分に泣きそうだった。




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