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すれ違いA


「わかった。また何かあったら教えてくれ」

修練の途中で鎌之助から阿片の売人が侵入したという報告を受けた幸村は、心中で憤慨しながら早々に鎌之助を下がらせて槍を振るっていた。


甲斐を荒らす輩は許せない。ましてや、警護に出ていた者が四人も命を落としているのだ。
四人を弔ってやる為にも、必ず売人どもを一網打尽にしてやらねばならない。


幸村は決意に燃える瞳で槍を振るっていたのだが、どうしても槍に集中できなかった。
帰りを待つしかないとわかっているのに、挨拶も無しに行ってしまった佐助の事が気になって仕方がない。



今朝方、主人に対して無礼を働いたのは佐助の方だったが、幸村は自分から謝ろうとしていた。
佐助が憎まれ口を叩くのはいつもの事だったし、質の悪い冗談だったとは思うが、自分も過剰に反応しすぎたと反省したからだ。

あの時は、頭に血が上って枕まで投げつけてしまった…。


だが、佐助の方は幸村が機嫌を損ねた事など一向に構わなかったのか、それとも単にばつが悪かったのか、朝起こしに来て以来一度も幸村に顔を見せずにとっとと行ってしまった。


いつもなら機嫌の悪い幸村に佐助の方から声をかけてきてくれるのだが今回はそれもなく、被害者が出た現場に向かう事に挨拶や報告が出来ない程急ぐ必要があったのか大いに疑問が残るが、とにかく佐助は行ってしまった。

俺は避けられてしまったのだろうか…。


団子をもって自分を呼ぶ佐助を思い描いていると、妙に佐助の口元を意識してしまい、今度は昨晩見た夢の事が思い返されてくる。


奥州や武田で見た夢は朝起きるとすぐに薄れていった。あの時はかなり酔っていたから、その所為もあるのだろう。


だが、昨夜の夢は時間が経つにつれてより鮮明になっていくようでふいに浮かんできては幸村の心を激しく乱した。

夢の事を思う度、何故だか胸が締め付けられるような思いがする。


夢なので口付けた時の感触は覚えていないが、身を寄せた時に確かに感じた温もりが思い出されてきてどうにも居たたまれない。
そのうち、唇の感触まで思い出されてきそうな気がする。


…あれは誠に夢だったのか?



一際激しく身体を動かしてみたがやはり槍に集中ができず、幸村はいつも休憩をとる木陰にいくと、槍を立て掛けてどさりと地べたに座り込んだ。



数匹の蟻が足元で彷徨っている様をぼんやりと眺めながら、幸村は幼い頃の事を思い出す。

そういえば、幼い頃は蟻の群れを見つけては遊んでいたっけ…。


いつの頃からか、佐助の体温は低いものとばかり思い込んでいた。

幼い頃、泣きじゃくる自分を撫でてくれた佐助の手は温かかったのに、どうしてそれを忘れていたのだろう…。


こうして幼い頃の事を思うのは久しぶりの事だった。

思い描く佐助の唇は薄い。冗談めいて皮肉を言う時はどこか得意げにその唇を歪めて笑うのだが、幸村はその嫌みな笑い方が嫌いではなかった。


『佐助の唇はすべすべしていそうだ』


幸村は浮かんできた考えに一人赤くなり、考えすぎだと頭を振ってとにかく朝の事を佐助にきちんと謝ろうと改めて考えた。
きっと、朝方喧嘩してしまったままだから避けられたなどと感じてしまったのだ。それに、夢は所詮夢。現実の佐助に夢の事を尋ねても仕方がない事だ。

しかし、夢でも体温は感じるものなのだろうか…?


もやもやする気持ちを抱えながら、幸村は一日を過ごす事となった。



***


一方、幸村と距離を置きたかった佐助は不謹慎ながらもこれ幸いと城を出て、阿片中毒だったと思われる被害者が見つかった里を訪れていた。現地で調査していた者から報告を受けているところだ。


川岸に打ち上げられた三人の遺体は異常な程痩せ細っており、阿片による作用の為か歯がガタガタに溶けていたらしい。いずれもくたびれてはいたが上等な着物を着ていたそうだ。


直接の死因は刀傷のようで、顔に外傷がなかった為に身元はすぐに判明した。
三、四ヶ月程前に神隠しにあったとされていた娘達で、生前はそれは若く美しい女性達だったという。

攫われた後、薬漬けにされて慰み者にされていたのかもしれない。
恐らく、阿片に狂った女を連れては旅ができない為処分されたのだろう…。


遺族の手に引き取られていった事がせめてもの救いだった。


佐助はこれまでに集まった情報を頭で整理した。

三人の遺体が見つかったのが三日前。
国境に配置していた忍びの死体が発見されたのは今日だが、最後に生存の確認がされたのは昨日の早朝の事。

三人も娘を囲い、上等な着物を買い与えていた事から相当金に余裕がある事が伺える。

ここ数日集団で旅をする一行がいない事から鎌之助の推理通り、散り散りに甲斐に入った事が予想された。
情報の少なさからもわかる通り、恐ろしく慎重に動いている。

そんな奴らが中毒者とわかる死体を残していったくらいだ、恐らく三日前には粗方ここを引き上げてしまっていたのだろう…。

だが、まだこの辺りに残党が潜伏している可能性もある。


佐助は引き続き調査をするよう指示を出し、自身は上田に引き返す事にした。


確信は無いが、佐助は明らかに怪しい旅人を一人知っている。


昨晩酒を奢ってくれた長次郎という名の男。
長旅で昨夜早くに上田に着いたと言っていた。

佐助の感はよく当たる。
あの有り余る金をどうやって手に入れたのか、長次郎から聞き出さなければならない。

もともと問題を起こさぬよう監視させていても良かった人物だ。
もし、長次郎が売人の一味だとするならとんでもない失態だった。


上田に戻った佐助は、早速諭吉に身をやつし宿泊した遊廓を訪れたが、既に長次郎の姿はなかった。



**********


夜になり、すっかり皆が寝静まった頃。
幸村は自室で佐助を待っていた。

既に子の刻を過ぎた頃だ。佐助に必ずくるよう伝言をしたので戻り次第ここに来るはずなのだが…。

それにしても遅い。

国境付近までの往復であれば、佐助ならそう時間のかかるものでは無いはずだ。

いつも叱られてばかりなので、謝るついでに今日はこちらから小言の一つでも言ってやろうと思っていたのだが、こうも遅いと心配になってくる。

そろそろやる事も尽きてきたし、何だか佐助に振り回されているようでだんだんと苛立ってきた。

天井に気配を感じたのはそんな時だった。

「随分と遅かったな」

幸村が不機嫌な声で入るよう告げると、天井から佐助が降りてきた。

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