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夢想



『幸村ぁ!!日々精進するのだぞ!!』

『はい!!!御館さばあぁぁ!!!!!』




翌日の昼下がり、信玄からありがたい教え(拳)を頂戴した幸村は上田への帰路についていた。


驚く程晴れわたった空を見上げながら、幸村がぼうっと馬を進めていると、佐助が気遣うように声をかけてきた。


「旦那?どうかした?」


「!!…あ、いや、何でも無い…」

そう言ってすぐに視線を逸らす幸村の顔は赤く、その物言いもどこかはっきりしない。

「…ふーん?ならいいんだけど…旦那顔赤いよ?二日酔いだったら無理しないで大将のところでゆっくりすればよかったのに」

「…大丈夫だ。上田から飛び出してきてしまったからな。いい加減戻らねば…佐助、悪いが様子が気になる。先に戻っていてくれないか?」

幸村がそう言うと、佐助は「旦那がまともな事言ってる」と訝しげな顔を見せたが、了解と言って姿を消した。


***


佐助が姿を消した後、幸村は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。


実は、昨晩おかしな夢を見たせいでまともに佐助の顔が見れなかったのだ。

それは幸村が口付けを交わすという不埒な夢で、最初は霧がかかったように相手の顔がわからなかったのだが、次第に相手の顔がはっきりしてきて…朧気だが、あれは佐助だったと思う。
ハッとしてすぐに目を覚まし、記憶はどんどん薄れていったので今ではもうその顔を思い出せないのだが、それでも口付けしていた相手を佐助だと思い、驚いて目を覚ましたという出来事自体は忘れようがなかった。

そういえば奥州でも同じような夢を見ていたような気がしてきて、不埒な夢に佐助を巻き込んでしまった事が恥ずかしいやら申し訳ないやらで、どうにも気まずかった。

内容が内容だったので佐助に話す訳にはいかず、何とか胸の内を悟られない様にしているつもりだったが、あまり自信は無い。


これは自分への戒めなのだろうと幸村は考えていた。
きっと花婿修行をするといいながら、その実佐助を頼っていた為にあんな突拍子もない夢を見てしまったのだと幸村は思う。


『他力本願で良いはずが無い…!!…しかし、何をどうすれば良いのか…』


佐助を頼らず、自分なりに花婿修行を考えてみたが、さっぱり何も思い浮かばなかった。




…そもそも、花婿修業とはいったい何だ?



幸村は我ながら自分が情けなかった。


とにかく、あんな夢のせいで佐助との間に距離ができてしまうのは甚だ不本意だった為、帰りつくまでに気持ちを落ち着かせようと幸村は別の事を考えてみる事にした。


そういえば、もうじき茶屋があるはずだ。

幸村は団子でも食べて気を晴らそうと馬を駆けた。 



********


「お帰りなさいませ」

「うむ。皆変わりはなかったか?」


出迎えてくれた家臣たちと言葉を交わしつつ、自室に戻った幸村は颯爽と紙と筆を取り出して花婿修業の計画を練り始めた。



とりあえず、女子と普通に会話が出来るようにならなければ…。

冷静に自己分析してみたものの、だからどうすれば良いのか具体案が全然浮かばなかった。


困り果てた幸村はやがて考えついた。

他力本願は良くないが、経験者に話しを聞くのは決して悪い事ではないはずだ!!!

良い案が浮かんだと、幸村は得意気に笑みを浮かべた。


「だーんな。嬉しそうに何してんの?」

「…ぅああ!?」

突然声をかけられ、幸村はおかしな声を出してしまった。

「なになに、花婿修業けい…」

「だあーー!!声を出して読むな佐助!!」

幸村は慌てて隠したが時既に遅し。佐助は意地悪い笑みを浮かべて幸村を見た。
「成る程ねー。どうも様子がおかしいと思ったら、これを考えてた訳ね」

「う、うむ。悪気は無かったのだが…気を悪くさせていたならすまなかった」


本当は違うが、佐助が都合の良い勘違いをしてくれたのでそのままにしておく事にした。


「いや、別に…ところで、女子と普通に話す為にどうするの?」

「…むむ。それについては考え中……それより佐助!今晩酒の準備をしてはくれないか?」

「…はぁ?旦那…ちょっとは懲りないの?」

佐助がじとっとした目線を向けてきたので、幸村は慌てて言葉を続けた。

「違うのだ佐助!!花婿修業の事を考えたが、具体的に思い浮かばぬので…実際に既婚者に話しを聞いてみようと思ったのだ!論より証拠と言うし、心構えを聞けば、きっと良い考えも浮かんでこよう」

決して自ら進んで酒を飲みたい訳ではないと訴えると、佐助は渋々ながら折れてくれた。

「…んー…じゃあ準備はしとくけど、早めに人数決めて教えてね」

「うむ。とりあえず四、五人に声をかけてみるつもりだがはっきりしたら伝える」

「りょーかい。…しつこい様だけど、竜の旦那に対抗して酒に強くなろうなんて思ってないよね?」

「…っ…む、無論!!」

正直、政宗に「酒が弱い」と言われた事を気にしていた幸村は思いがけず言葉に詰まってしまったが、佐助は受け流してくれたらしい。

「…はぁ。じゃあ準備してくるから」

「うむ。すまないがよろしく頼む」

佐助が姿を消したので、幸村は早速誰に声をかけるか考えた。

思えば、城の者たちと酒を飲むのは久しぶりの事だった。
幸村は声をかけてまわる為にわくわくしながら部屋を後にした。




*******


その夜。


「…はぁ」

佐助は案の定酔い潰れてしまった幸村を運びながら溜息をついていた。

今の佐助にとって、酔い潰れた幸村を介抱するという状況は何としても避けたいものだった。



では何故幸村を止めなかったかと言うと、自分なりに花婿修業しようとしている幸村の気持ちを、自分の私的な感情で潰してしまうのは気が引けたというのが一番の理由だった。


そもそも、寝ている主人を見ると触りたくなるから飲むなとは到底言えない。

立て続けに飲むのはどうかと思うが、暴飲しないと言っていた主人を止められる理由もなかった。




それでも出来る限り今の状況を回避したかった佐助は、出席する者全員に幸村に酒を飲ませ過ぎるなと釘をさしてまわった。


ついでに、『あまり生々しい話をして婚姻について幸村を幻滅させないように』と言ったのだが、それがまずかったらしい。


生々しい話を全くするなとは言わなかったのだが、純真すぎる幸村相手にどこまでが良しとされるか判断がつかなかったらしく、次第に話はそれてゆき、仕舞には只の飲み会と変わり果てた。




こんなはずじゃなかったのに…。




主人の身体を蒲団に横たえ、三度目の過ちは犯すまいと佐助は早々に部屋を後にしようとした。
だが、目を覚ました幸村から呼び止められてしまう。

「佐助…」

「……何?」

「喉が渇いた」

少し待つように言い残し、水を汲んで持ってくると幸村はうつらうつらしながらも起きて待っていた。

「旦那、水持ってきたよ」

呼び掛けると幸村はおもむろに上半身を起こそうとしたが、すぐに崩れて蒲団に埋もれる。


どうやら力が入らず、自分の身体を支えていられないらしい。

仕方がないので、佐助は幸村の肩に腕を回して起こしてやると、背中に自分の片膝を添えて身体を支えてやった。水をこぼすといけないので結局飲ませてやる事にする。



正直、幸村を抱き締めているようで今の体勢は勘弁してもらいたかったが、辛抱した。


幸村は水をすっかり飲み干すと、にっこり笑って佐助に礼を言った。



「なぁ佐助。佐助は…ヒック…接吻した事はあるか?」



突然の質問に、佐助は心臓が止まる思いだった。

あの時、幸村は確かに寝ていたはず…。


「…あるけど、何で?」
佐助は表面上は慌てずに答えた。


「そうか…やはりそうなのだな…」


佐助は生きた心地がしなかった。確かに寝ているのを確認はしたが、あの時の自分は冷静ではなかった。幸村は本当は起きていたのかもしれない…。
もしそうなら、泥酔して夢でもみたのだろうと言うしかないか…。

不安に駆られた佐助がそうこう考えていると、急に幸村が叫んだ。


「佐助ばかりズルい!!」

「…ぇ?」

「ズルいと言ったのだ!!一緒にいるのに…ヒック…そのような話は、一度も聞いて…ヒック…」

「いや、俺忍だし色々と…そもそも旦那にわざわざ報告するもんじゃないし…」



どうやら、佐助が心配している展開ではないようだ。
佐助は幾分ホッとした。
だが、それもつかの間の事だった。




「俺も接吻してみたい!!」


「…はぁ!?」

何を言いだしたかと驚いていると、思いの外強い力で肩を捕まれ、逃げる間もなく唇を押し付けられた。

「!」

佐助は固まる事しか出来なかった。


押し付けられただけの口付けは、佐助にとって随分と長いものに感じられた。

やがて唇を離した幸村は、満足気に笑顔を見せると、しなだれるように佐助に寄り掛かってきた。

「…ふふ…さすけぇ…」



腕の中に自ら飛び込んできた温もりに、佐助は別の意味で生きた心地がしなかった。
お陰で直立不動のまま微動だも出来ない。


「………」

やがて安らかな寝息を聞き、佐助は幸村の身体を横たえて蒲団をかけてやると、そっと部屋を出た。






よく、耐えたと自分でも思う。



佐助は顔が火照っているのを自覚しながら夜の闇に姿を消した。





その後、警護を他の者に任せた佐助は久しぶりに街に繰り出した。
たまたま知り合った「長次郎」と名乗る男と意気投合し、佐助はちゃっかり酒代金を奢らせた。


今夜の事は忘れてしまおう。

記憶も、この気持ちも、全部。


佐助は久しぶりに酒に酔った。







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あきゅろす。
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