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愛してその悪を知る(小十郎×政)
※これは本編「伊達家」の後のお話です。


その日、政宗は久しぶりに疲れを感じていた。
すっかり回復した幸村を見送った後、今も傍らに控える小十郎から説教をされ、溜まった政務を全て終わらせた。

死んだように眠っていた幸村の事が気に掛かり、いつもより早くに目が覚めた事もあってか、政務を終えた頃には気だるい眠気を覚えた。
だが、湯に浸かるとすっかり目が覚めてしまい、こうして小十郎と酒を飲んでいる。

「ha-…」
知らず溜め息をついた政宗を労り、小十郎が声をかける。
「政宗様。もうお休みになっては如何ですか?」
政宗は首を振って酒を呷った。

「いや…目は冴えてる。お前こそ今日は疲れてんじゃねぇか?」

「いいえ、これしきの事で疲れている様では政宗様にはお仕えできませんので」
小十郎の返事に政宗はにやりと笑った。

「OK,良い返事だ…ところで小十郎。お前、身を固める気は無いのか?」

突然の話に小十郎は口に運ぼうとしていた盃を止めた。

「……政宗様。真田の事を気にしておられるのですね?」


政宗は「Bingo!」と言って唇を歪める。

「で?主君から身を固めろと言われた気分はどうなんだ小十郎?」

小十郎はまた主人の気紛れが始まったと溜息をついた。

「もとより、真田と私とでは境遇が違うので参考になりますまい。それに…」

小十郎はそこで一旦言葉を切った。

「…それに、あなたの様に手の掛かる主君がいては、他に目を向けてる暇もありませんので」

思い切り嫌みだと分かっていたが、本心だった。
以前から、政宗が身を固めぬうちは自分も身を固めるつもりは無いと言ってある。この位の嫌みは許されるだろうと思っての事だった。


政宗は歪めた唇で「eccentric(変人)」と皮肉を呟く。


「真田の心配をするのは構いませんが、真田は武田の人間。我らに口出しする権利はありません」

「まぁ、確かにそうだ」

やけに物分かりの良い主君の物言いに、小十郎は何故か嫌な物を感じ、ふと思い出した。

「…そういえば、武田への書状には何と?」

そう訊くと、政宗は意地の悪い笑みを浮かべて小十郎を見つめる。
「気になるか?」

小十郎が頷くと、政宗は何だと思う?と聞き返してきた。
考えを巡らせてみるものの、小十郎には検討もつかない。

答えられない小十郎に、政宗は機嫌良く笑った。

「Time's up 」

「…それで、何と?」

小十郎の不安を見透かしたように、政宗は満面の笑みで答えた。

「俺の恋路を邪魔するな」

「……」

無言で眉間に皺を寄せる小十郎に、政宗はしてやったりと言わんばかりに笑った。

「…政宗様。冗談は…」
「Jokeじゃねぇ。本当の事だ」

機嫌良く酒を注ぐ政宗に、小十郎は不快感を顕にする。

「それが真であれば、笑い事では済まされませんぞ…何故そのような戯れを」

「決まってる。俺があいつを気に入ってるからだ」

さも普通の事の様に言う政宗に、小十郎の眉間の皺が深まった。

「心配するな。Straightに書いて送った訳じゃねぇよ。…今の幸村は腑抜けて相手にならねぇから、どうにかしろって書いただけだ」

「…政宗様」

小十郎は頭痛のし始めた頭を抱えた。

この人はいつもこうだった。
思いがけない事を考えては事を起こし、小十郎の頭を悩ませる。

実際どのような書き方をしたのか分からないが、言葉や文章というものは、ちょっとした言い回しや受け取る側の心情によって随分印象が変わるものだ。はっきりと明記しなくとも、真田の婚約を見送れと、そう言わんばかりの内容だったのではなかろうか。
主君の性格を考えるに、わざわざ真田本人から信玄に渡させるよう仕向けている事から余計にそう思う。

「あのおっさんの事だ。この位でどうこう思うわねぇよ」

小十郎の頭痛をよそに、政宗はこともなげに肴をつつくばかり。

「Things done cannot be undone.(すんだ事は仕方がねぇ)」
政宗は呑気にそう言いながら肴をつついていたが、不意にその手を止めた。

「なぁ、小十郎」
「…はい」

主君の呼び掛けに、未だ不服そうな小十郎は少し間を空けて返事をする。そんな小十郎の事など気にする風でもなく、政宗はどこか虚ろげに呟いた。

「今宵は、月が明るいな」



主君の言葉に、小十郎は別の意味で顔を曇らせた。
月の美しい夜、政宗は時折急に気弱になる事があった。
何故なのかは分からない。最近では治まっていたというのに…。



「月が見たい」と言う主君に小十郎は眉をひそめたが、政宗の言葉を蔑ろにする事もできない。小十郎はゆっくりと立ち上がり障子に手を掛けた。

静かに開け放つと、ひんやりとした新鮮な空気が部屋に流れ込み、見上げた夜空にはそれは見事な満月が煌煌(コウコウ)と輝いていた。

「…Beautiful!」

小十郎が振り返ると、政宗は満足気に月を見上げていた。
どこか儚い笑みを浮かべる政宗に小十郎はかける言葉を持たなかった。

真田の婚姻話に触発されたのか、政宗はぼんやりと月を見つめたまま小十郎にこんな事を訊ねてきた。


「なぁ、小十郎。お前は、誰かを愛した事があるか?」



「…はい」


暫く間を置いて返ってきた返事に、政宗はどこか淋しそうに「そうか」と呟いた。

「小十郎…俺には愛だの恋だの、未だに分からねぇ…幸村のように女を知らない訳でも無いし、男も抱いてる。…俺は、出来損ないなのか?」

「…いいえ。貴方は奥州の筆頭。出来損ないな筈がございません」

小十郎の言葉に、政宗は皮肉めいた笑みを浮かべただけだった。

小十郎は政宗の目の前まで近づくと、月を見上げる政宗の視界をわざと遮るようにして腰を下ろす。

「心配されずとも、政宗様が政宗様である限り、皆どこまでもついて参ります。この小十郎も然り」

表情を和らげた政宗は小さく例を言った。

「…Thanks…だがな小十郎。余り俺の考えを先読みするな…お前を手放せなくなっちまう…」

「もとよりこの小十郎、政宗様の右目を頂いた時より、お側を離れるつもりは毛頭ございません。例え疎まれようとも、右目が政宗様と共にある事は当然の事」

それとも、私を置いてゆかれるつもりですか_______?



小十郎の真摯な視線を受け、政宗は微笑んだ。

俺は随分とこの従者に助けられている。

不思議な事に、この男はいつも欲しい言葉をくれた。今のように、急に気が触れたような事を言いだしても真摯に受け止め、決して俺の存在を否定しようとはしない。

だから、いつもつい甘えてしまうのだ。


政宗にとって、小十郎はありがたくも摩訶不思議な存在だった。



政宗は小十郎に半分隠れた月を見やる。

まだ梵天丸という幼名の頃の事。今夜のように月の明るい晩に、政宗は1つ誓いを立てていた。

政宗は独り泣きながらこう誓った。

『梵は醜く、頭も足りない。だから人一倍頑張って周りに認めて貰うのだ。』

この誓いあってこその今だと思っている。

だが、家督を継ぎ、何とか筆頭としての勤めを果たしているものの、あの時一番認めて貰いたかったはずの母との仲は余計にこじれ、未だ絶縁状態というのは皮肉な話だった。

自分を鍛えると誓ったのに、政宗はこの記憶を思い出す度無性に不安になり、誰かに助けを求めたくなる。


なぁ、小十郎。
俺はしっかりやれているか?


「………」
政宗はおもむろに手を伸ばすと、小十郎の輪郭をなぞるようにそっと指を滑らせた。


「……Sorry,やっぱ、お前だけは手放せそうもねぇ…」


政宗は身動き一つしない小十郎の唇をゆっくり塞いだ。
小十郎は拒む事も無くそれを受け入れるが、自分からは決して政宗に触れなかった。

ねっとりと互いの舌を絡める水音が響く。 

「…お前はいつも拒まねぇ…」

にやりと笑った政宗は、膝立ちになると常につけている眼帯を外して小十郎を見下ろした。

滅多に曝される事の無い右目。
政宗のその右目は閉じられ、ほんのり赤黒い痣のようになっている。うっすらと縦に走る古い傷痕は、幼い頃自分の顔を嫌った政宗が自身でつけたものだった。



政宗は己の着流しを力任せに引っ張って上半身を露にすると、小十郎の手をとり己の右目に添えさた。
もう片方の手では小十郎の後ろ髪を掴んで顔を上向かせる。

互いに視線をそらすまいと、半ば睨むように見つめ合った。

「俺が右目を見せるのは、お前だけだぜ小十郎」

「…はい」

「この右目に触るのを許すのも、お前だけなんだぜ?」

「…存じております」


「Hum-,…なら、知っているか小十郎?俺を抱いていいのもお前だけなんだぜ?…Do you know?」

「…それは存じませんでした。ですが、他人に譲る気なぞ始めからありません」

にぃと目を細めた政宗は、唇が触れそうな距離で囁いた。

「命令だ」

「俺を抱きたいと言え」

そういいながら、政宗は小十郎に口付けた。

小十郎は何も言わなかったが、返事の代わりに政宗の頭を引き寄せ、政宗の唇を貪欲に貪り始めた。


続く
(やってるだけなので注意)






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あきゅろす。
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