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暁の空
5
名前で呼ばれたのは何年ぶりだろう。
こんなに苦しそうな声を聞いたのは
あの日以来かもしれない。

また喜一がなにかに悩んでいるのかと思って
不安に駆られた僕が振り返れば
目の前に綺麗な髪が見えた。

焦点が合わないほど近くにある喜一の顔は
僕の好きな色をした瞳が閉じられていて、
少しカサついた肌が間近に見える。

何より

人生で初めて、人の体温が
僕の唇に直接触れていた。


頭がうまく働かなくて状況を理解できない。

唇に感じる体温が喜一のものだと理解して、
それがキスを通じて伝えられたことを自覚したのは彼の顔が離れて大きな体で抱きしめられてからだった。

「……ずっと黙ってるつもりだったのになー。」

「……き……いち……」

「あの転校生に取られるかもしれないって思ったんだー。それなら……我慢しなくてもいいやって。」

「……なんで……」

「ずーっとゆぅちゃんのこと好きだったの、
気づいてなかったの?」

授業開始の合図が鳴っているのに
僕の体は時間が止まったみたいに動かなくて、
痛いほど抱きしめられているのに
拒むことも出来なくて。

耳元でぼそりぼそりと呟かれる彼の言葉を
はっきりしない意識の中で聞くことしか出来なかった。

この日から、僕と喜一の関係が少し変わった。
彼の気持ちと初めての体験に
どうしていいかわからなくて、
ただ呆然とするしかなかった僕を現実に引き戻したのも彼だった。

「さ! 早く戻らないと池村にどやされちゃう!
一緒に怒られよー?」

パッと離された体に、
取ってつけたような笑顔を浮かべている喜一が
僕の手を引いて開始から15分経過した教室に連れて行ってくれた。
あまりにいつも通りの態度に戻るから
今あったことは夢だったのだろうかと錯覚して
彼にこの話題を振ることが出来なくて、
僕の中で整理がついた頃には
言い出すにはあまりにも時間が立ちすぎていた。


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