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輪廻-2
 だとしたら、あの自称・堕天使の少女はどこへ消えたのだろうか。まぁ、元々ここに留まる必要もないわけだから、既にどこかへ行ってしまったとしても不思議はないわけだが。

 まぁ、こちらとしても、もうあんな常識離れした事にこれ以上巻き込まれることもなくなるわけだから、寧ろ好都ご――

「……あ、気がついたみたいね」

 溜め息をつく寸前だった。ソファーの背もたれの向こうから、一人の少女の顔が現れる。

「あれ? まだいたのか」

 くっきりとした二重瞼。よく通った鼻筋。まだ朝だというのに血色の良い薄い唇。誰が見ても総じて可愛いとの評を下すだろう端正な顔立ちは、巷に溢れるアイドルにも引けを取らない。

 彼女こそ、俺に非日常の境界を無理矢理跨がせた張本人。花弁舞い散る桜の木の下で出会った自称・堕天使の少女、その人だった。

「失礼ね。君がまだ死んでないのは誰のおかげだと思ってるのよ」

 つい先程までの俺の思案を知らない彼女は、当然の如くむすっとした表情を作る。確かに、文面をなぞるだけでは、まるで邪魔者扱いしているようにとれないこともない。というより、そうとしかとれない。

 だが、そんなことより――

「え? じゃあ……」

「そういうこと」

 それだけを言い残し、彼女の顔が背もたれの向こう側へと消える。

 おおよその想像はついていた。病院に行かずしてあれだけの出血を止める。そんな魔法のような事が出来るとしたら、非日常の存在である彼女しかいない、と。

「まったく……あんまり無茶しないで。他人の傷塞ぐのってすごい疲れるのよ?」

「え? 傷?」

 これ塞がってるのか?

 そう問うより早く、彼女が言葉を継ぐ。

「それより……命の恩人に対して、何かないの?」

「え? あ……そうか。うん、あり……がとう」

「よろしい」

 満足気な響きの声が返る。が、もう話すのは終わり、とばかりに、遠ざかる足音と床の軋みがなる。

 いやいや、俺としては聞きたいことが山ほどあるわけで。向こうに行かれるのは結構困る。

 俺は顔を顰めながらも、やっとの思いでソファーから身を起こした。流石に、寝転んだままの相手に質問攻めにあうのはいい気がいないだろうしな。身を切るような痛みが全身を走ったが、幸い、普通に座ってしまえばそれ程気にはならない。

 と、そんな俺の側面――則ちソファーの正面に位置する小さなテーブルの上に、トンという軽い音を鳴らして何かが置かれる。

 顔をそちらに向けると、視界に入ったのはきつね色の焼け目が付いた食パンの乗った皿と、煎れたてなのか湯気の立つコーヒー、そしてそられが乗せられた盆。

「台所、勝手に使わせてもらったわよ。話の続きはこれでも食べながらにしない? 傷に障らなければ、だけど」

 どうやら、これらの品は彼女が用意してくれたらしい。どうせなら手料理が……と思うのは贅沢にも程があるか。

「うん、大丈夫。悪いな、何から何まで」

「いいのよ、これくらい」

 彼女は言いながら、テーブルの側面に据えられた、一人掛けの椅子に腰を下ろす。

「それに、勝手に家中漁った上に服も借りさせてもらってるしね」

 素っ気なく言い放つ現在の彼女の服装は、淡い色合いのブラウスに膝丈のブリッツスカートと、昨日まで着ていたあの純白のワンピースではない。まぁ、あれほどボロボロにされてしまえば、もう着れないのも無理はないか。

 若干『家中漁って』という単語が気になったが、別に何かが壊されたわけでもないだろう。可愛い顔して結構やってくれる。

「どこかで見たことある服だと思ったらそういうことかよ。どうぞ、好きに使ってくれ」

 頷きつつ、まだ湯気が立ち上るコーヒーに手をかける。寝起き故の口内の乾燥感から、どっちかというと水の方が欲しい、というのが本音なのだが、そう迷惑ばかりも掛けられない。

 というか、彼女はこれだけしか作らなかったんだろうか。俺が下着一枚しか着ていないことが余程気になるのか、さっきからこちらを変な目で見てくるだけで、自分の分を台所に取りに行ったり――という動作は起こさない。それだけでは手持ちぶたさだろう。

 もしかしたら、先に朝食は済ませてしまったのだろうか。一応、このパンもコーヒーも俺の家の物なのだが、勝手にそこら中漁ったり台所を使用したりと、割と目茶苦茶やってくれてる辺り、頭ごなしに否定することも出来ない。

「それより……」

 すっと重心を前に移し、目の前のテーブルに頬杖を突きつつ切り出す彼女。

「ん?」

「誰のなのよ、この服。デザイン的にお母さんのでもなさそうだし、まさか同棲してる娘がいるわけ……ないわよね。……まさかキリハラくん、まだ変な趣味持ってるんじゃないでしょうね?」


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