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真実と嘘-8
 しかし、“神綬”の修得を聞かされたところで、それが【バックパッカー】では何の意味も持たないではないか。彼女が、俺に喋りかけたのはミスだった、と述べた理由――“神綬”、【バックパッカー】による引力――が分かっただけである。

 “神綬”の持つ力で、まさか堕天使まで引き付けてしまうとは……さながら人間磁石といったところか。笑えない冗談だ。

 しかし、磁石である俺に引き寄せられた、金属たる彼女は、何故あのような場所にいたのだろうか。理由などないと言われればそれまでだが、気になることは訊いておきたい主義なのである、俺は。

「そういえばさ、紗耶さんはあの時何で公園なんかにいたんだ?」

「あの時っていうと……桐原くんと初めて会った時?」

 俺は、無論とばかりに、首を縦に振ってみせる。

「それなら、ちょうどこっちに来たのと同時だったから、別にあそこにいた意味も何かしてたわけでもないんだけど……協力してくれる人間を探そうとはしてたわね。男の」

「ん? 何で男? 身体が強いからか?」

「それもあるけど、女より男のほうが引っ掛けやすいでしょ? ちょっと可愛いとこ見せたらすぐ勘違いするし、惚れてくれたら扱いやすいしね。君もちょっと危なかったんじゃない?」

「……」

 唖然とはこういうことを指す言葉なのか。返す言葉も見つからない。

 確かに、俺も勘違いしなかったと言えば嘘になるのだが、それでもやはり何と言うか自分の容姿をそういう風に使うのはどうかと思うわけであって、俺としてはもっと純粋に物事を見てほしいと願う次第であり……結論としては、やはり女は強かである、ということだろうか。何とも夢のない話だ。

「……お前、絶対性格悪いだろ」

「大きなお世話よ」

 負け惜しみとして放った言葉にも、然して効果はなかったらしく、相変わらずのつっけんどんで返される始末。顔色一つ変えないあたり、俺より一枚も二枚も上手であることを、否応なしに匂わせてくれる。

 そういえば、今更のように思ったのだが、あの時の彼女は、今の微妙にしか変化しないそれとは正反対に、表情が非常に豊かだったように思う。細かいところでは、口調さえ違っていたような……。

 成る程、これら全て策の内だったということか。堕天使というよりも、悪魔といったほうが正確なような気がする。

「それで? その堕天使さんが、何で【バックパッカー】なんかに協力してほしいなんて思ったんだよ」

「そ、それは……」

 今まで淀みなく話してきた紗耶が返答に窮する。といっても一瞬のことだったが、次の言葉を接ぐのと同時に、俺の顔に固定されていた真っすぐな視線――その所為で、俺は常に彼女を視界の端に据えておかなければならなかった――が、斜め下へと逸れた。

「私は……えと……桐原くんと一緒にいたいなって……そう、思ったんだけど……め、迷惑……だったかな……?」

「あ……なっ!?」

 頬をほんのりと桜色に染めるその表情は、あまりにも眩しくて。恥じらいを含んだ声は、あまりにも澄んでいて。それを目の当たりにした俺の衝撃たるや、持ち得る全ての綺麗な言葉を総動員しても言い表せないほどの、胸の奥に深々と突き刺さる最上級の鋭さを持っていた。

 俺は今までの酷い言動を猛省すると共に、傷心の彼女を気遣う言葉を少ない語彙の中から必死に探し出す。

「あ、その……だから、さ、そんなこ――」

「まったく……」

 だが、俺のそんな努力の結晶は、遂に日の目を見ることはなかった。

 先程までと同じ平淡な声が、俺のこれから述べようとしていた諸々を葬り去る。代わりというにはあまりに酷な、呆れたような、哀れむような、そんな暗い瞳がこちらを見つめていた。

「男って本当に馬鹿なのね。私のこと性格悪いなってさっき自分で言ったばっかりじゃない。まさかもう忘れたの?」

 ……反省した俺が馬鹿だった。一條紗耶の性格についての自分なりの考察、悲しいかなこれは揺るぎ難い事実らしい。

 だがそうは言っても、アレの威力は尋常ではなく、世の男なら誰しもうろたえるのは仕方ないと……って言っても、言い訳にしかならないか。

「……返す言葉もございません」

「ま、いいけどね。でも桐原くんを選んだのは私なんだから、自信持って大丈夫よ」

「はっ、どうせまた騙すつもりなんだろ。そう何回も引っ掛かって堪るか」

「ふふっ……これはホントなんだけどな」

「……え?」

「………………」

「わ、分かってる分かってるっ! 大丈夫だって」

 僅かの間浮かべた目も眩むほど目映い笑顔が、一瞬の内にジト目の睥睨に変わる。彼女の変貌っぷりには目を見張るものがあるが、こう毎度毎度睨まれていては俺の立つ瀬がない。何かいい手立てはないものか……。


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