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片影
戦場ヶ原とけんかした。
きっかけはとても些細なことだった。
しかしいつも以上に戦場ヶ原が突っかかってきたのだ。
突っかかるというか突き刺すといわんばかり容赦のない戦場ヶ原だが今日はやけに棘を感じた。
釈然としない気持ちで忍野が住む学習塾跡へと歩を進める。

十字路に差し掛かった。
西に沈みゆく夕陽が美しい。
感じ入るように瞼を下す。
次に瞼を開ければ夕陽を背景に少年が立っていた。

細身で僕より身長が高い。
服は直江津高校の制服。
紫がかった髪は艶が良くかすかに頬を隠す。男としては長い方だが僕よりは短い。
切れ長の涼しげな瞳、高い鼻梁 
美しい少年だ。

彼は鞄を抱え仁王立ちして、僕を見ていた。
「阿良々木君」
アルトっぽい声
「僕が誰だかわかる?」
どこか懐かしく感じるが、聞いたことはない。
「驚かないでほしい。僕は戦場ヶ原ひたぎだ」
「…はぁ?」
「どういうことだ?僕の知っている戦場ヶ原は女の子なんだが」
先ほど喧嘩わかれしたばっかで、家にいるはずだ。
『戦場ヶ原』は顎に手を当て考え込む仕草をした後こう言った。
「逢魔が時 この
世界と異なる世界が交わる瞬間
そして十字路、四辻は交わる場所 
場所と時間が一致したんだろうな
辻占いとかあるだろう
あれは未来の自分の声を聴く占いなんだ」
「……そっちでは僕は女の子なのか?」
「いや、男だよ。それにしてもなにかあったのか?ゴミみたいな顔がクズになってるぞ」
「わずかな差しか感じません!」
相変わらずの毒舌だった。
「まぁちょっと戦場ヶ原とけんかしちゃって」
「ああ」
「普通に喋っていたはずなのに急に機嫌が悪くなってさ
勉強会が終わったら忍野のところに行くって言ったとたんに」
戦場ヶ原は拗ねだしたのだ。
「『戦場ヶ原』は自分を蔑ろにされたと思ったんじゃないか?」
「でも、僕は勉強会が終わったらと言ったんだぜ」
『戦場ヶ原』は苦笑しながら言う。
「『戦場ヶ原ひたぎ』は『阿良々木暦』をとても愛しているんだ」
「そしてとても嫉妬ぶかい」
「だから『僕』を許してやってほしい」
『戦場ヶ原』ははにかみ、微笑んだ。
少年の爽やかさと少女の恥じらいが同居する微笑み。
なぜかわからないがこの『戦場ヶ原』らしいと思った。
「お前は…怪異なの
か?」
「いや、君と僕が出逢った現象が怪異だ」
「ああもう時間だ。 じゃあ」
彼はそう言って僕に背を向けて夕陽に溶ける様に消えていった。「待ちくたびれたよ 阿良々木君」
「ああ今日はちょっとあって」


「――ってことがあったんだ」
「ハハッーン阿良々木君今日ツンデレちゃんとなにかあっただろう」
「なっなんでわかったんだよ」
「その怪異は『影法師』といってね。限りなく現象に近い怪異なんだよ。
まぁ怪異自体現象なんだけどね、『影法師』は通常裏の世界の自分に行き遭うものなんだ。
だけど阿良々木君はツンデレちゃんに遭った。この怪異には例外があって会いたいと望んでいる人がいるとその人に会えるんだ。勿論裏のね」
「阿良々木君さ、今日は忍ちゃんはいいから。早くツンデレちゃんのとこいっておやりよ」
「…」
「会いたいんだろう?」
「ああ、とても」
忍野よりも、たぶん
「帰りに寄るとするよ、じゃあ」
「うん、気を付けてね」


「さて。行ったからもっと近くにおいでよ」
「『忍野メメ』」
壁にもたれかかるようにして『忍野』は立っていた。
いつものようにニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべ、口にはタバコを咥えている。
ズボンの左ポケットからライターを取出し、タバコに火をつける。
髪は金髪ではなく銀髪で耳につけているピアスも首から下げているペンダントも逆十字ではなく、十字だ。影法師――裏の世界の自分
>「逢魔が時も終わりだし、ここは十字路でもないんだけど」
>「まだ黄昏はおわってないし、ここは十字路なんかよりずっと交わりやすい場所だ」
>わかってるろう?だから居住地にしたんだ。
「追わないのか」
「追わないよ…追う必要なんかない」
>彼は駆け出していった。振り返らずに
「お前はほんとうにお人よしだな。阿良々木君は引き止められるのを待っていた。
あの女とお前の間で揺れていた。
本当は蟹の女のところになんて行かせたくないくせに――愛しているくせに」
「裏の世界の僕は随分性格悪いみたいだね」
「そうかもしれないな。だけど僕も君なんだ」
忍野メメなんだよ
「後悔してほしくないんだ。…手放してほしくないんだ」
もう『忍野』は笑っていなかった。
たぶんこの銀髪の自分は阿良々木君を手放したんだろう。
そして、それを後悔している。
けれど 
「連れてったらもっと後悔するよ」  
まっとうな道を歩ませてやれたのに、自分のエゴで大学も幸せな家庭も捨てさせることはできない。
阿良々木君を愛しているんだ
だからこそ、その手を攫む(つかむ)べきじゃない
彼は愛している女性と共にいるべきだ。
「消えろ」
「自分の世界に帰りなよ」
もう決めた
揺らがない、たとえ阿良々木君揺らいでも
「…どの世界でも『忍野メメ』は同じ選択をするのかも知れないな」
『忍野』そう言った後、廃墟の闇に溶けるように消えていった。
「もうこの町を出た方がいいな…」
あんまりにも居心地がよかったから居すぎてしまった。
怪異のオーソリティを名乗っている自分が影法師に生き遭うなんてあまりに脆弱だ。
でももう少し、優しすぎるあの子を見守っていたい。

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あきゅろす。
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