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「気分が悪くなったりしたらすぐ言ってよね。折角ここまでよくなったんだ。退院とか先延ばしにしたくないだろ」




退院。そうなるのはまだまだ先の話だろうがその言葉がシルフィアに重くのし掛かった。


退院後にどうやって暮らしたらいいのだろうか。話せない、歩けない。まともに働くことも出来ないのに。一日食べていくことすら出来ないだろう。


何より退院してしまったらもうシンクに会えないだろう。シルフィアの家はダアトの街外れの人里から離れた少しだけ遠いところにある。仕事が多忙シンクはそこまで行けるほどの空いた時間はないだろう。ましてシルフィアの世話人になることは不可能に近い。



「…シルフィア?」



険しい顔をして考え込むシルフィアを不思議に思ってシンクが車椅子の後ろから身を屈めて顔を覗いた。それに気付いてシルフィアは考えるのをやめてなんでもないと意味を込めて首を横に振った。



「ならいいんだ。さあ着いたよ」




シルフィアは久々に感じる外の匂いに瞑目した。久しぶりからか喉の機能が果たされていないことを補おうとしているからか嗅覚が優れてるような気がした。


花の香り、少し汚れた空気の匂い。何処かの市場から風に乗ってくる食べ物の匂い、色々な匂いが混ざりここは外だと改めて実感する。


清潔に除菌された部屋では嗅ぐことのできない匂いに胸を膨らませる。久しぶりの暖かな陽の光、人工的ではない風邪を受けると気分が良くなっていく気がした。




車椅子が動き始めたことに気付いてシルフィアは目を開けて膝の上に置いていた紙束に文字を書いて、後ろに居るシンクに見えるように頭の上に上げた。




〔気持ちいいですね〕


「あの部屋よりは体にも心にも良い思うよ。あそこは薬の匂いばかりで息苦しくなる」



シンクの話に笑いながら、久々の太陽の光を体全てで受けるように両手を伸ばした。


シルフィアは久しぶりの外を感じて自分が我慢していた欲が溢れ出していくのを感じた。



〔歩きたい。裸足で草や地面を感じて、この青空の下大きな声で歌いたい〕



わかっているけれどどうしても憎まずにはいられなかった。動くことすら出来なくなった足を、痛みを感じるだけで何の機能も果たさない喉を。


不自由な体になってもう一ヶ月が経とうとしていた。最初の頃よりは心は痛まなくなったが自分の不運を憎むことは止められない。


シンクは空を見上げた。シルフィアができなくなってしまった分の自由を沢山感じるように。



「出来るよ。シルフィアなら。リハビリが怖いなら後でもいいんだ。後回しにしても出来なくなることはないから。歌えなくても話はできる。シルフィアの喉は役立たずじゃない」


〔ありがとう。シンクありがとう〕



シルフィアは空とシンクを見上げて泣いた。困ったように眉を下げて頬を濡らしながら切なそうに笑った。




「いつか笑ってよ。昔みたいに。一度だけシルフィアを見たことがある。歌い終わった後の笑顔は今の笑顔とはやっぱり違う。今みたいに無理した笑顔じゃなくて時間がかかってもいいから、昔みたいに笑ってよ」



シルフィアは悲しみを感じていたが、自分でも理由がわからなかったが何処か心が暖かくなったのを少しだけ感じた。止まらない涙を抑えながら何度も頷いた。










修正090419




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