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会長の支柱

立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花



「静香の為にあるような言葉だな」

いつだったか、そう呟いたのは真咲だった。






昼休みを使って朝の仕事の続きをする二人。
美和はパソコンと格闘し、蒼太はノートやファイルやレシートの山に埋もれている。

「朝から休みなしに続けて…。二人とも、仕事熱心なのは嬉しいんだけど、一息ついたら?疲れてしまうわ」

昼休みはまだあと半分近くあるのに。
二人とも集中してるから、あまり邪魔はしたくないけど…。


そう言う静香も、休みという休み時間は生徒会室にこもっているのだが。
静香にその自覚はなく、だからこそ二人とも昼休みを使ってでもやり終えようとしている。
ただ単に、真咲への意地なのかもしれないが。





生徒会メンバーは、昼食を生徒会室でとることが多い。
食堂に行けば、自分の好きなメニューで出来たての温かい食事を食べる事が出来るのだが、会長に就任早々、静香が食堂で昼食をとる事は難しくなった。
静香がまだ一年生だった頃は、多少騒がれる事があってもそれは一部の人間で、当時の静香の学校生活に不自由はなかった。
しかし、去年の生徒会選挙が終わった頃から、登下校の度に見知らぬ者からでも挨拶をされ、廊下を歩けば皆が道を空ける。
食堂での食事は耐えられるものではなく、周囲の視線が痛いほど静香に突き刺さった。
ただでさえ少し神経質な質(たち)なのに、そんな中で無神経に食事などできない。
初めの頃は家から持ってきた弁当を教室で食べていたが、もちろん友人達は弁当を持ってくるという習慣がないため、静香はしばらく一人で昼食の時間を過ごした。
いつしか昼食をとることも止め、校舎の屋上でのんびり過ごしているところに、真咲が現れたのだ。

「食堂には行かないの?」

「真咲こそ…。私は人の目が嫌なの」

「これ、静香の家のコックに頼まれたんだけど」

そう言って手に下げているのは静香が使っていた弁当袋。

「最近少し痩せたって、心配してたよ」

静香は真咲から視線を落として俯く。

「一人での食事ほど美味しくない物はないわ」

真咲は何も言わずに静香の隣に腰を下ろした。
静香の弁当を、彼女の膝に乗せる。

「実は今朝それを頼まれた時、僕の分もくれたんだよね」

顔を上げると、真咲の優しい顔がそこにあった。



選挙の結果が発表され、静香は生徒会長となり、副会長には真咲が選ばれた。
前生徒会からの引き継ぎが終わると、生徒会室は改修されて今の状態になった。
それまでは屋上で昼食をとっていた二人だが、冷暖房完備の部屋があるのにもったいないな、と言う真咲の言葉で生徒会室を使い始めた。
そこに美和が「私も会長と同じお弁当が食べたーい!」と言って割り込み、蒼太は昼食自体をめんどくさがっていたのを真咲が気に留め、昼食時間には生徒会室に引きずり込んだのだ。
それから生徒会室ではほぼ毎日、和気藹々とした昼食後、昼休みの時間帯は生徒会の仕事をするようになった。

美和や蒼太はそうでもないが、静香と真咲は授業以外の時間を生徒会室で過ごす事がほとんどだった。
その行動が、他の生徒達にとって滅多に会うことが少なくなり、静香の価値を一層上げていることに本人は気づいていないのだが。






ふう、と小さく溜息を零し、静香は真咲に視線を向けた。

「…真咲、二人にお茶を入れてあげてくれない?」

蒼太を手伝って書類を整頓していた真咲が手を止めた。

「会長はいらないの?」

「…じゃあ、私の分も。4人分用意してちょうだい。何かお菓子を持ってくるわね」

「了解」

生徒会室の隅にある一角、薄い壁とカウンターで仕切られた簡素な給湯室の扉に手をかけた所で真咲が顔だけ振り返った。

「今日は少し暑いし、アイスティーでいいよね?」

「ええ。ありがと」

真咲が爽やかに微笑み、給湯室の扉が閉まった。




真咲がお茶の準備をしている間、ひととき沈黙が訪れた。
爽やかな春の風が開け放した窓から入り込む。
蒼太は黙々と会計ノートに数字の列を書き込み、美和はカタカタと爽快にキーボードを叩く。
静香は椅子に座って机に両肘をつき、薄く笑みを浮かべて二人の姿を見守った。

この沈黙を破るのは決まって美和だったりする。

「会長ぉ〜」

パソコンを前に、椅子の上で体育座りをしている美和が、椅子をくるくると回しながら会長を呼んだ。
気持ち悪くならないかとかそんな心配をするわけでなく、いつもの事だと、さも当たり前の様に静香は美和の方へ向かう。
静香は回る椅子の回転をそっと止めて、パソコンを覗き込んだ。

「どうかしたの?」

静香はパソコン画面を見渡したが、何かおかしい箇所があるようには見えない。
内容を確認すると、手元の資料の3分の2が、入力し終えたのか裏向けて伏せてあった。

「絶対これ終わらないよ〜」

美和は半泣きで静香にすがりついた。

「大丈夫よ、もうここまで終わってるんでしょ?」

「でも今日中に出来る気がしない…。真咲になんて言われるか……」

静香はポンっと美和の頭に手を置いた。美和に向けて優しく微笑む。

「終わらなくても大丈夫よ。真咲は本気で言ってないわ」

美和は頬を膨らませている。

「会長〜そんな嘘つかなくてもいいよー」

口を尖らせた美和に、静香はクスッと笑みを零した。

「実はね、その資料。必要なのは明後日の会議なのよ」

一瞬、美和の表情が固まる。

「ぎゃー!真咲の馬鹿ー!!」

美和は、噴火した様な怒りの勢いを自らの座る椅子にぶつけた。
美和はグルグルと勢いよく回っていた。

「そう、馬鹿なのよ」

静香は愉快そうに顔を緩めクツクツと笑い、グルグル回る美和を見守った。








静香は美和に悪いと思って、くっと笑いを堪えたが、ふと美和に視線を向けると、じっと自分を見つめてきているのに少し戸惑った。

「何?私、何かした?…ごめん、笑いすぎたかな?」

美和はブンブンと音が出そうな勢いで頭を横に振った。

「…会長と真咲は従兄妹なんだよね?」

突然の質問、それに加えて今更?という気持ちが静香の心に湧いた。

「…前に言ったわよね?父親同士が兄弟だって」

「それは、そうなんだけど…」

美和は不満な表情をあらわにするが、静香には美和の意図するものがわからない。

「真咲は会長の事が大好きなのに、会長は真咲の事好きじゃないみたいだなと、思って」

目線をキョロキョロさせながら、美和は言う。

「ああ、真咲のはただの世話焼きよ。それに私も真咲の事は好きだわ。美和だって好きでしょう?」

なーんだ、と言うようにサラリと言う彼女に、美和はがっくりと肩を落とした。

「違うよ会長ぉ〜」

「え?どうして?」

それ、真咲本人は知っているのだろうかと美和は心配になったが、真咲がティーカップを乗せたトレーを左手に持ち上げて戻って来たのを見て、口を閉ざした。

「やだ、お菓子を出すの忘れてたわ」

静香の中に浮かんだ美和への疑問は瞬時に消えてしまった。







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