百年の決着(前)
「よく気がついたね、お馬鹿なアオイちゃん」
アオイは冷やかし混じりの声に、敏感に反応を示す。
「アオイちゃんと違って、兎さんは利口なようですね」
挑発ぎみな言葉に対し、揺るがない視線で相手を睨み付ける。兎がこの視線を受けた時には針で刺すような痛みを感じた。
「謎が解けたんだ。僕との鬼ごっこもまだ終わってないて言うのなら、容赦なくお前を捕まえる。どんな手を使っても」
そう言って懐に手を忍ばせる。兎の角度からチラッと見えたのは黒い尖った物。リラはわざとらしく鼻で笑った。アオイ達のいる所の方が低いため見下す形となって。それがアオイの睨みを強くさせた。
「今までは容赦してたから僕を捕まえられなかったって言うんだ。いつも犬みたいに吠えて、必死に追いかけてくるくせにね。………言い訳にしては面白くないよ」
「逃げてばっかりいる奴に、そんな事言われる筋合いはない」
リラは軽く鼻で笑った。
「逃げてばっかりって、それが鬼ごっこの決まりでしょ?逃げなきゃ捕まるんだから。それに気づかないなんて、やっぱりアオイちゃんはお馬鹿なんだね」
わざとらしい挑発的な態度と言葉、そして笑み。アオイは歯を食いしばって、滲み出る感情を抑えつける。手裏剣を握る手にぐっと力が入る。
「あれ?おかしいな。いつものアオイちゃんなら、ここでおもちゃが飛んでくるのにね。少しは利口になった証拠?」
ギリッと奥歯の鳴る音が聞こえた。アオイの懐に忍ばせた手は力が入ったままになっている。
「だったら早く捕まえてみな」
一瞬、リラから笑みが消えた。
次の瞬間にはアオイは宙を舞っていた。アオイがリラのいる枝に着地する前に、リラも一本向こう側の枝へ移動する。リラが次の枝に着地するその寸前に、幾つかの黒い影がリラの足元を狙う。
「かわんないじゃん」
アオイが投げた手裏剣の殆どはリラの脇をすり抜け、一つは枝に刺さりリラの足元。もう一つはリラの左手に握られていた。
「捕まる気、あるの?」
そう言って左手の手裏剣を投げ返す。アオイはそれを右手だけで掴んだ。
「いい加減、本気出しなよ。さすがに僕も遊びに付き合ってられる程暇じゃないんだよ。アオイが一生このままでいいって言うなら話は別だけど……」
リラは言葉が詰まった。
「…?」
ほんの僅かだが、アオイが笑った気がした。それも一瞬の、しかも何となく程度の事ではっきりとは分からなかった。
アオイは標的から目を離さない。
「……何?」
アオイは訝しげにリラを睨む。
何?今の。
見間違い?
今のアオイにそんな余裕があるわけないし。
やっぱり気のせいか。
と、思ったその時、
ザザザザザザザッ
突如頭上から物音がして、見上げた視線のすぐ先に、先ほどまでアオイの傍らにいたはずの兎が(落ちてきて)いた。
「捕まえた−−−!!」
アオイに視線を向けると、気のせいかと思った時の笑みが蘇った。
______今から百数十歩前のこと。
てくてくちまちまとリラを追っている中、作戦会議が行われていた。
「あのすばしっこい兎を、どうやって捕まえる気なんだ?」
アオイの後を早足で歩きながら兎が尋ねる。
「それなんだよねー」
答えるアオイは歩調を合わせつつも「追いかけてるんだからちょっと急がなきゃいけないし、疲れるだろうけど頑張って」程度の速さで前を歩く。
「そもそもね、僕いまいち鬼ごっこのルールが分からないんだ」
ズサッ
アオイが振り返ると、兎がうつ伏せになって倒れていた。
「………大丈夫?」
アオイは倒れている兎の前で膝を折って手を差しのべる。
「力が抜けた」
そう言ってアオイの手を無視して立ち上がる。
……ありえない。
お腹についた土を払いながら(毛繕い)アオイに視線を向けた。
「本気で言ってるのか?」
聞かれたアオイはキョトンとしている。
「そうだよ?」
兎は虚しさで心がいっぱいになった。
「………何で、今まで慰問に思わなかったんだ?」
「今、疑問に思ったんだもん」
アオイは平然としている。
「だって、僕の子供時代に、‘鬼ごっこ’なんてやった事なかったんだよ?始める前にリラに聞いたけど、追いかけてこいって言って逃げるから、とりあえず追いかけてたんだけど………。追いついた事がないから、その先どうしたらいいか何て考えてなかったや」
アオイは、テヘッと首を傾けて笑う。
「テヘッ☆………じゃねーよ!」
兎はアオイの足首を思い切り蹴る。……しかしアオイには痛いというより痒かった様で、蹴られた所をポリポリと掻いただけで終わった。まるで効いていない。
悔しかったので無かった事にした。
「それじゃ、何時までたっても終わらないはずだ……」
兎は長い溜息を吐く。
「そこまで言うんなら、どうすればいいか教えてよ」
兎の態度が気に触ったのか、アオイは少し苛立った。あまり怒らせるとまた木の上で逆さ釣りにしかねないので、蜂の巣を突つくような事はやめておいた。
「どうすればって言っても、俺はルールしか知らん。鬼ごっこのルールは、鬼がいて鬼から逃げる奴がいる。鬼は俺達、逃げているのはリラ。唯それだけ」
「……それだけ?」
アオイは少し納得がいかないようだ。
「それって今と変わらないよ?どうすれば終わるの?」
「鬼が逃げる奴に触れて、捕まえたって言えばいいんだ」
「触ればいいの?縄とかで捕まえなくていいの?」
「…………今まで………罠にかかるの待ってたのか?」
「え、……エヘ?」
エヘ?……じゃねぇー!!!
もう一度足を蹴った。躊躇い無く思いっきり。今度はスネのあたり。
すると一秒後に回し蹴りが飛んできた(二発)。どうやら少し痛かったらしい。
____以上、作戦会議終了
「捕まえた−−−−!!」
重力に身を任せて目標へ真っ直ぐ向かう。
「絶対に逃がさないで!!」
アオイが力強く叫ぶ。
見上げて真上から落ちてくる兎に気づいて。
リラが目を見開く。
銀色の瞳と目が合った。
ぶつかる!!
「ストレリチア」
リラの口がそう動いたのが見えた。
こういう瞬間って、よくスローモーションに見えたりする。
テレビでよくあるあれ。
ゆっくり落ちていく感じとか。
再生とかして、もう一度ゆっくりご覧下さい!…みたいな。
しかし、兎の視界はスローモーションどころか、ピタッと止まっていた。
ぶつかると思ったあの瞬間から、リラと目が合ったまま動かない。近づく事がなければ離れることもない。その様子を、アオイは一部始終見ていたが、何が起こったのか全く分からなかった。それはアオイの位置からは、兎が宙に浮いている様にしか見えなかった。
捕まえたと思ったのに。
___捕まえたはずだった。
これで、全部終わると思ったのに。
___終わるはずだった。
アオイは目を丸くしたまま、呆然と立ち尽くした。
緊張していたリラの目がスッと細くなる。
「残・念・でした」
嬉しそうにそう言って、隣の木へ後ろ向きにジャンプする。兎を指差しながら。
「この魔法もうすぐ切れるから、兎さん拾ってあげてね」
そして笑った。
兎はリラの言葉に焦ったが、体がピクリとも動かない。声も出ない。兎の中の、すべての時間が止まっていた。視界の端を、小さな枯れ葉がヒラヒラと舞う。
「え…?」
アオイはまだ状況が飲み込めないでいる。足が固まってしまって動かない。兎にかけた魔法同様、これもリラが何かしたからなのか、ただ力が抜けてしまったからなのか。しかしアオイの中の思考回路は止まっていた。
パチン
兎の耳に、小さく音が響いた。
「うわっ!!」
それと同時に宙に浮いていた兎が、思い出したかの様に落下を始めた。
「痛っ…」
幸い木の枝に爪がうまいこと引っ掛かり、片腕だけで枝からぶら下がっている。
体の至る所が痛かろうが、幸い転落死は免れたようだ。
「兎さん!」
アオイが兎の元に飛んできた。言葉の通り
「大丈夫!?傷は浅いよ!しっかり気を保って」
アオイは何を思ったのか、意識のはっきりしているはずの兎を拾い上げ、ペシペシと頬を叩き始めた。
こ〜い〜つ〜
「お前がしっかりしろ!」
ウガーと吠えて顔面に蹴りを食らわした。
ガツンと勢いよく鼻っ面に当たり、アオイはアオイは後ろに倒れそうになった。兎もその勢いで後ろへ飛ばされる。
今度こそ落ちるかと思ったが、さすが忍者だけあって、アオイは落ちながらもカギ縄を木の枝に引っ掛け、揺れをそのまま利用して移動し、反対側へ落ちた兎の耳を掴んだ。
安定した足場へ着地したところでアオイの顔色を窺うと、蹴られた時の当たり所が悪かったらしく、顔の下半分を片手で覆っている。その指の間から真っ赤な流血。
「にゃにすんのさ〜!」
目に涙を浮かべて鼻声で言われても、鼻血が出ているのが分かると何故か笑えてきてしまう。
「いや!わ、悪い!」
と言いながらも、兎に悪びれた様子は全くない。むしろ、笑いを堪えているのがもろ分かる。
「顔蹴るなんてヒドイよ!!」
そう言うアオイは、鼻を押さえながらも、兎の背中を倍返しと言わんばかりに蹴りつけている。しかも「倍」どころか連打。もうどちらが被害者なのか分からない。
アオイが正気(?)に戻ったところで、またリラと対面する。
「ねえ僕そんなに暇じゃないんだってば」
リラは眉間に皺を寄せている。それはそうだろう、勝手に仲間同士で喧嘩を始めて、それがくだらない理由だったりするのに、両方本気(マジ)なんだから。
「僕に呪文を言わせるなんて、正直驚いた。どっちが考えた作戦か知らないけど、上手いこと僕の隙をついたね。でも」
リラはにやりと微笑む。
「二度目はないよ」
リラは足にグッと力を入れると、一気に空高くを舞った。
去り際に、
「じゃーあね〜!」
と言って、手を振っていたのがチラッと見えた。
ムカツク〜!!
「追いかけよう!」
「絶対、今度こそ捕まるぞ!」
兎はアオイの左腕に抱えられながら握り拳を作った。
*
[*back][next#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!